第48話
どれほどの時間が経過したのだろうか。少し前までとは違い、体は横たわっている感覚がある。心なしか何やら話し声も聞こえてくる。その急激な状況の変化は咲にとって酷く戸惑わせるものだからだろう。現に咲の脳内は混乱を表すように激しく回っている。それでも同時に気が付いたのだ。聞こえてくる話し声の中に『大好きな人』…宏太のものが含まれている事に…。
(…っ!?どうして…彼がここに…!?)
自分が『大好きな人』である宏太がいる事に確かな喜びを自覚する咲。だが、少し前の悲惨な光景が未だ脳裏に残り続けているからだろう。その喜びを示す事も出来なくなる。むしろ寝たふりをするような形で咲は瞳を閉じ続けるのだった。
だが、咲が既に意識を取り戻していた事は僅かな体の動きで分かっていたらしい。その証拠に気配が近付いてきたかと思うと、こんな声が聞こえてきた。
「…桜田門さん、目が覚めたんですか?」
「あっ…。」
「良かった!体は大丈夫ですか?気分が悪かったり、痛かったりする場所はないですか?」
「えっ、ええ…。何とか…大丈夫ですわ。」
僅かな体の動きによって目が覚めていた事に気付かれてしまった咲。しかも彼からの言葉に答えてしまった為に、もう寝たふり等の誤魔化しは出来ない。それでも目を開けた時に宏太がいてくれた事にまた強い喜びを感じたからだろう。少し前まで見ていた悪夢のせいで落ち続けていた気分は浮上。それを表すように表情も緩ませるのだった。
そうして無事に元の世界へ帰る事が出来た咲。だが、その事を知っているのは彼女の家である『桜田門家』や宏太と優子という一部の者達だけ。同じ『薬師村』に住んでいても咲の家族が周囲にその状況を漏らさなかったからか。他の村人達は何も知らず、ただ咲が体調不良で休んでいると思っていたらしい。その証拠に帰還した翌日から咲は少しずつ顔を出すようになったのだが、皆の口から出たのは体調を気遣う言葉ばかりだ。それは咲にとって僅かな戸惑いも抱かせたが、自分の家族が村人達に対して『村長の家系』として気を遣っている事も分かっていたからだろう。あえて真相を口に出そうとは思わなかった。だが、村人達の態度やその対応以上に咲は『ある事』が気になってしまう。自分を救い出してくれた者がその存在を拒絶していた桂川奈瑠だという事が…。
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