第43話

そうして室内の空気は張り詰めたままだったが、屋外は既に闇に包まれ始めていたからだろう。奈瑠は宏太と優子の家から出ていってしまう。そして自宅に入ろうとしたのだが…。

「何じゃ?もう入ってしまうのかい?」

「…何が。」

「いやな。探しに行くのなら早めに動いた方が良いのかと思って。深過ぎる闇は『あちら側』の更に深い場所へ引きずり込む力を生んでしまうからの。」

自宅の玄関扉に手をかけた瞬間、強い力を持つ者が近付いてきた事には気付いていた。幼い頃から知っている者なのだから当然と言えば当然だ。それも自分が密かに考えていた事を引きずり出すように言ってくるからか。奈瑠は眉間にシワを寄せる。そればかりか余裕の笑みを浮かべる者…自分の『祖母』である彼女に向かって言い放った。

「私は『桜田門 咲』を探すだなんて言っていないけど…。」

「我は『桜田門 咲』だとは言っていないぞ?というか、やはり探しにいくつもりなんじゃな。偉いぞ、奈瑠よ。」

「…っ!」

余裕の表情を浮かべる『祖母』を見ている内に、考えていた事を思わず口にしてしまった奈瑠。その事は奈瑠にとって『祖母』が相手でも不服だと感じるものだからだろう。更に顔をしかめてしまう。だが、一度考えていた事を口にしただけで少しだけ気分が楽になったからか。観念したように息を漏らしたかと思うと再び口を開いた。

「別に…偉くはないわ。私は2人に頼まれたから動くだけだし。それに…何となくだけど彼女が行方不明になったのは人間以外の仕業だと思うから…。」

「そうじゃの。というか、彼女の事を頼みにきた2人も人ではなかったしな。…気が付いていたか?」

「当然。私はあなたの孫で…『人と異なる存在』よ?気付かないはずがないでしょう?」

「それもそうじゃの。」

本来ならば自分に対し敵意のようなものを向けてくる相手を奈瑠は助けようとは思わない。それでも『人と異なる存在』が関わっていると分かれば、自然と動きたくもなってしまうのだ。というのも、彼女が見つけ出そうとしている者も『人と異なる存在』によって消えてしまったと分かっていたのだから…。


 そんな出来事を改めて思い返す奈瑠。それでも一度『あの出来事』について考え込んでしまえば、深過ぎる思考に押し潰される事も自覚しているからだろう。軽く頭を振って何とか封印していく。そして小さくタメ息のようなものを漏らすと不意に口を開いた。

「…っていうか、私や彼に依頼してきた『あの2人』。そこまで力が弱いとは思えなかったんだけど…。」

「ああ、そうじゃ。家や血筋に憑く者は元々それなりの力を持っていなければ務まらないもの。特に長く続く家で住民達の守護の役目を担うのなら尚更な。現にこの辺を動き回っている奴らは知っていたぞ。『桜田門家』とそこに宿る者…『江戸』と『彼岸』の存在にな。」

実際に会った時に抱いた感覚や『祖母』が先ほど口にした言葉から、咲の救出を頼みにきた2人が『人と異なる存在』である事に気が付いてはいた。それも家の歴史が古い影響から強い力を持っている事にもだ。だからこそ奈瑠は『江戸』と『彼岸』に自分達で咲の救助をする事を促し、自分から遠ざけようともした。だが、何となく分かってもいた。咲の現在の居場所が彼女の事を思う2人が自分達で助けられないほどに、深く禍々しい場所にいるという事にも…。

「まぁ…周囲の妖達が噂するほどに2人は本当は強いはずなんじゃ。だが、そんな2人でも助け出す事が出来ない。むしろ連れ去られてしまったんじゃ。つまり相手はかなり強い力を持っている。それも…邪気を含ませた力をな。」

そう言ったかと思うと『祖母』は奈瑠の頭に手を触れる。そればかりか何やら術を施したらしい。自分の体に宿る妖力が強まっていくのを奈瑠は感じ取っていた。

「…気を付けるんじゃよ、奈瑠。」

「ええ…。行ってきます。」

一時的とはいえ力を強めさせてくれた『祖母』に奈瑠はお礼の言葉を口にする。そして強まった力を使って空間に穴を開けると、奈瑠は1つ息を吐いて飛び込むのだった。

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