第42話

そんな出来事があった翌日。『江戸』と『彼岸』の言葉は間違いではなかったようだ。行方不明であるはずの咲は今日も『体調不良』を理由に学校を休んでいる。それは説明する教師にとっても心苦しく感じるものらしい。話を聞き動揺し始める生徒達を落ち着かせようとしているが、その表情は明らかに苦しそうにしている。それらの様子は騒がしく感じられるのだが、昨夜に2人の訪問者から真相を聞かされたからか。それとも元々、彼女とは親しくしていないからか。騒ぐ皆の姿を他人事のように見つめる。そして宏太は皆と同様に咲の事を心配しつつも、それ以上に奈瑠の様子が不思議と気になるのだった。


 その日の夕方。優子が未だ『ぬっぺふほふ』に執着し、『あちら側』に引き込まれる可能性を持っていると分かっているからだろう。彼女の事を気にかける奈瑠は宏太の家に少しだけ立ち寄る。そして彼女の様子を確認し一安心したのか。奈瑠は安堵を含ませた息を1つ漏らすと、帰宅するべく立ち上がった。

 だが…。

「あっ、あの…!桂川さん!」

「何?」

「その…桜田門さんの事は探さないんですか?」

「…はっ?」

何か言いたげに見つめてきていた事に気が付いてはいた。それでも宏太の口から咲が行方不明になっている事を表すような言葉が出たのは予想外だったからか。思わず奈瑠の口からは間の抜けた声が漏れてしまう。それに対し宏太は言葉を続けた。

「実は…昨日の夜中に俺の所にお客さんが来たんだ。えっと…『江戸』と『彼岸』っていう2人が来たんです。それで…2人が言ったんです。桜田門さんが行方不明になっている事、『それを見つけられるのは桂川だけだから俺からも頼んでくれ。』って…。」

「…そう。」

「もっ、もちろん夢を見ていた可能性はありますが…。何だか夢とも言い切れない不思議な感覚があって…。だから話してみたんですけど…!」

昨夜の出来事を思い出しながら話す宏太だったが、傍らにいる奈瑠の空気が更に冷たくなっていくのを感じ取ったからだろう。宏太は自分が寝ぼけていた可能性も口にし、必死に弁解しようとする。一方の奈瑠はそんな弁解の言葉はあまり聞いていないらしい。むしろ彼女の中では宏太ではなく、違う者に対する苛立ちのような感情を芽生えさせていく。自分の退路を塞ぐように勝手に宏太へ話をした『江戸』と『彼岸』に対して…。

 すると2人の傍で話を聞き続けていたからか。優子は咲の現状を知る事になる。そして同時に突然現れた自分に対しても、優しく接してくれた彼女の姿が過ったからだろう。奈瑠の方を見つめながら呟いた。

「私も…私もお願いしたいです…。」

「…は?」

「ねっ、姉さん…?」

「桜田門さんは…私を温かく迎えてくれました。それだけでなく…村の人達にも話をしてくれたみたいで…。おかげで私は今、毎日楽しくなってきたんです。その事を教えてくれた桜田門さんを…私は助けて欲しいって思っていて…。だから…お願いします…!」

奈瑠から漂う空気は未だ冷たいものだ。それでも咲の事が頭の中に過り続けている優子は頼まずにはいられなかったのだろう。強い懇願を示すように頭を下げて言葉も口にしている。だが、奈瑠の苛立ちは未だ消えていないらしい。その証拠に妙に張り詰めた空気が3人を包み込むのだった。

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