第35話

そうして『祖母』からの不思議な温もりに触れたからだろう。荒れていた奈瑠の感情は徐々に落ち着きを取り戻していく。すると本来の奈瑠の状態に戻っていった事を察知したからか。不意に『祖母』はこんな事を言い始めた。それは…。

「…というわけで、そろそろ引っ越さないかい?奈瑠。」

「引っ越し…?って、急に何で…。」

突然の『祖母』の呟きに奈瑠は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。その様子は声だけでなく表情も目を見開き固まっているからか。常と違って幼くも見えてしまう。それにより『祖母』は自然と口元が緩んでしまうが、奈瑠からの問いかけには答えるつもりらしい。彼女の頭を撫でながら続けた。

「お前には言わなかったが、決めたのは急な事ではないんじゃ。ずっと同じ場所にいては『彼女』も見つけにくいと思っていたし。何より…この場所は飽きてしまっての。少しでも変わりたかったんじゃ。」

「…そういう事はもっと早く言った方が良いと思うわ。急に場所を変わったら術も施さないといけないし…。あなたも口調に気を付けないといけないわ。というか…『あの人』の事もどうするの?あなたの力が通っている場所じゃないと…回復出来ないんでしょう?」

自分にとって絶対的な存在でもある『祖母』からの話だが、奈瑠の口からは思わず戸惑いを含ませた言葉達が漏れてしまう。それだけ色々と気を付けないとならないからだ。だが、そんな奈瑠の想いに気付いているはずの『祖母』は特に動揺を出さない。むしろ奈瑠に向けて更に言葉を続けた。

「確かに『アイツ』はここでなければ回復出来ない事は知っている。だからこそ置いていこうとも思っている。世話は手下の妖達に任せれば良いし…。術で道を作れば会いたい時に会えるしな。我の口調については…気を付けよう。」

「…。」

「それにお前自身の術については心配いらない。土地を治め宿る者に話は既に行っているし…。何よりお前が行った事がある場所だからな。」

「えっ…?」

奈瑠が危惧している事に対し、淡々とした口調で答え続ける『祖母』。だが、それらの言葉の最後に意味深な事を口にされたからだろう。奈瑠は思わず間の抜けた声を漏らし、僅かに首を傾げ不思議そうな表情を見せる。一方の『祖母』は驚きのあまり常日頃よりも幼い表情を見せる奈瑠がおかしく感じたのか。思わず笑みを浮かべてしまう。そればかりか笑みを浮かべたまま奈瑠の抱いた疑問に答えるように『ある事』を口にするのだった。




 それから更に1週間が経過して。宏太と両親の元に戻る事が出来た優子は、当然その日から同居を開始。最初は離れていた時の長さの影響からか。はたまた宏太達とは違う世界にいた事を薄々分かっていたからか。戸惑いを抱き続けていた彼女は緊張感を表しながら過ごしていた。それでも彼女の傍にいるのは何年経っても『家族』と思ってくれている者達なのだ。強張った優子を溶かすように温かく優しく見守ってくれる。そして家族だけではなく咲が密かに口添えしてくれたらしい。事情を何となくでも知った『薬師村』の住民達は優子の事を受け入れる。それらの効果だろう。気が付けば優子は『薬師村』の住民の1人になる。すると『村民の仲間入りが出来た』という感覚のおかげか。体の強張りは溶けていき、少しずつ笑顔を見せられるようになっていった。


 そうして新たな生活が始まった事に喜びを感じる宏太。だが、そんな彼にとって更に驚くべき事態が起きる。というのも、『薬師村』の出入り口付近にあった空き地に、ある日突然家が建ったのだ。しかも家が建った翌日には学校に1人の人物が転校してきた。それは…。

「今日から皆と一緒に勉強する事になった桂川奈瑠さんだ。」

「…よろしくお願いします。」

そう言って教師は転校生を紹介し、言われた彼女は淡々とした口調で挨拶。頭も下げている。だが、転校生に喜ぶ他の生徒達に対し、彼女を既に知る宏太と咲は戸惑いを強める。新たに何かが動き出そうとしていた―。

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