第33話
だが、結局奈瑠の心配は杞憂に終わる事になる。というのも、改めて自分の正体を告げた優子の事を彼女の両親が受け入れてくれたのだ。それも母親はその体を優しく抱き締めながら涙を流し、父親は軽く頭まで撫でてくれている。更にその傍らには現在見た目が彼女と逆転してしまったが、弟である宏太が表情を緩ませながら見つめているのだ。それらの光景は『温かな家族の姿』そのもので、奈瑠はようやく安心する事が出来た。そして安心した影響だろう。直前まで強張らせていた顔の筋力は緩み、眩しいものを見るように自然と目も細めるのだった。
そして優子とその家族の様子に安心したのは奈瑠だけではなかった。彼女の傍らで様子を伺っていた『ぬっぺふほふ』も、どうやら同様の想いを感じられたらしい。肉に包まれている事で表情は読み取り難いが、放たれる空気は心なしか穏やかなものになっていく。更に室内を見つめながら彼はこんな言葉を呟いた。
『良カッタ…。優子ガ…嬉シソウデ…。』
「ぬっぺふほふ…。」
呟かれた言葉は小声であり『ぬっぺふほふ』自体が妖でもある為、もし傍にいても気付く事はないだろう。それでも奈瑠は『人と少し異なる存在』だからか。彼の呟きを聞き取る事が出来てしまった奈瑠は、思わず相手の正体を呟きながら見つめる。すると『ぬっぺふほふ』は見つめてくる奈瑠の視線に気が付いたらしい。答えるように再び呟いた。
『…アリガトウ。優子ノ姿ヲ最後ニ見サセテクレテ…。』
「…もう行くの?」
『アア…。私ハ彼女ガ家族ニ受ケ入レラレルカヲ見テオキタカッタカラナ。ソレガ見ラレタンダ。満足サ。ソレニ…コレ以上ココニイタラ優子ニ声ヲカケタクナッテシマウ。ダカラ本来ノ場所ニ帰ルヨ。』
「そう…。分かったわ。」
家族に受け入れられた優子の姿を見られた事で本当に満足したらしい。そう告げたかと思うと、『ぬっぺふほふ』は山の方へと体を向ける。そんな彼の後ろ姿を奈瑠は見つめていたが、気配や独特の匂いが完全に消えたからだろう。彼女も自宅へ戻るべく、再び異空間に開けた穴へと入っていった。
こうして誰にも知られず各々の場所へと帰っていった奈瑠と『ぬっぺふほふ』。だが、立ち去る直前まで様子を伺っていた住居内では、ある人物…優子が屋外の変化に気が付いていた。それは彼女自身が『神隠し』に遭い曖昧な存在にもなっていたからか。『そういう存在』に対して敏感にもなっているのだろう。現に両親や弟の宏太は気が付いていなかったようだが、彼女は感じ取っていた。『ぬっぺふほふ』から放たれる独特な匂いに…。
「っ!?姉さん、大丈夫!?」
「優子…!?」
自分だけしか感じ取れなかった匂いだったが、それを感知した事で自然と脳裏に『ぬっぺふほふ』との思い出が過ったからだろう。優子の瞳からは涙が零れ落ちる。その姿は初めて見るものだったからか。宏太と両親は当然戸惑うのだが、優子は上手く説明する事が出来ない。それにより家族が出来た事は優子を優しく抱き締め、背中を軽く擦る事だけだった。涙を流し続ける彼女を労わるように…。
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