第32話

奈瑠が『ぬっぺふほふ』と世界を超えていた頃。一足先に彼女が開けてくれた穴のおかげで、宏太と優子は本来の世界に戻る事が出来ていた。しかも奈瑠は色々と気遣ってくれていたのか。通り抜けた先は『薬師村』の内部…自宅の手前だった。その事に驚き続ける宏太だったが、同時に気分も浮上させていた。移動時間が必要でなくなった上に、ちゃんと優子を連れて帰る事が出来たのだから…。


 だが、気分を浮上させ続ける宏太に対し、傍らにいる優子の表情は僅かに浮かないものになっている。無理もない。奈瑠に頼みはしたものの、結局『ぬっぺふほふ』の現状は未だ不明のままなのだ。いくら相手は人と異なる存在だと分かっていても、あの状況では心配にもなるだろう。何より『ぬっぺふほふ』が追い込まれてしまった原因は優子自身にあるのだから…。

(どうか…無事でいさせて下さい…。優しい彼を…傷付けさせないで…!)

自分のせいだと自覚をしながらも、祈らずにはいられないからか。優子は俯き瞳を閉じながら願い続ける。それに答えるように1つの弱い風が彼女の傍を通り抜けていった。

 更に優子が浮かない表情になってしまう理由があった。奈瑠が開けてくれた穴の先が1軒の住宅の前だったのだが、宏太の雰囲気から現在の自宅だと悟ったからだ。しかも室内からは動く人の気配も感じられた為、その正体が何となくではあるが両親である事も察知。それと同時に緊張がより強まってしまう事も自覚する。弟の宏太のように両親が自分の事を受け入れてくれるのか不安を抱き続けていたのだから…。

「大丈夫?姉さん。」

「えっ…。あっ、うん…。多分、大丈夫よ。その…少し緊張しているだけだから。」

明らかに様子がおかしい実の姉を見て心配になったのだろう。思わず横から声をかける宏太。それでも彼女が自分の心情を誤魔化すような言葉を口にした事。何より自分の願いがもうすぐ叶うと思い、気分が高潮しているからか。宏太が心配する様子を見せたのは一瞬だった。そればかりか気分が高潮している事を表すように、僅かに緩ませた表情を浮かべながら扉に手をかける。未だに浮かない表情を浮かべるほどに緊張し続けている優子の心情に気付かないまま…。


 一方の奈瑠と『ぬっぺふほふ』は異空間に開けた穴より、宏太達の住む世界に到着。優子の様子を確認すべく彼女達の住居と思われる建物に近付く。張本人ではないのに、その胸の中に妙な不安を抱きながら…。

(彼のように…受け入れて貰えると良いのだけれど…。じゃないと…『こちら側』に戻す事が出来なくなってしまうから…。)

優子の事を気にかける『ぬっぺふほふ』を『こちら側』に連れて来たのには理由があった。万が一彼女の両親が受け入れてくれなかった場合に、自分の家に住まわすか『ぬっぺふほふ』の元へ戻そうと思ったからだ。もちろん元々は『こちら側』の住民である為、本来の場所で生きる事が良いのは分かっている。だが、それでも思考は嫌な方へ向いてしまうのだ。10年振りに会う事が出来た者が昔と変わらない姿をしている事は、『異常』としか感じられない光景だと分かっていたからだ。だからこそ奈瑠は宏太と共に室内へ入った優子の様子を見守る。その表情は強く心配しているからだろう。普段あまり表情が変わらない奈瑠が明らかに緊張していると分かるほどだった。

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