第29話

そうして体を強張らせながら奈瑠に対し懇願する優子。その姿は物心が付いた頃に別れてしまった事で宏太にとって初めて見るはずのものだ。だが、必死なその姿を見ている内に宏太は不思議な感覚に襲われる。どこか『懐かしい』と思ってしまうような感覚に…。

(俺は…前に見た事があるのか?姉さんの…あの姿を…。)

優子の行動に思わず声を漏らした宏太だったが、不思議な感覚に陥り続けているからだろう。それ以上、何も言えなくなってしまう。それにより後に出来た事は懇願する姉・優子と頼み込まれている奈瑠の2人を交互に見つめる事だけだった。


 一方の奈瑠は自分に対し必死に頼み込む優子の姿を無言で見つめる。その表情は『神隠し』の被害者であるはずの人物が、加害者の救助を求めるという妙な構図に呆れているらしい。終始冷めた表情をしている。だが、お人好し過ぎる行動に呆れつつも、不快には思わないようだ。そればかりか優子の真っ直ぐな想いを察知したからか。空間に脱出の為の穴を開けると口を開いた。

「そこまで言うなら…仕方がないわ。あなたの『お願い』を聞いてあげる。」

「桂川さん…!」

「ただし『彼』のような存在に関わろうとするのは、これっきりにしなさい。あなたと『彼』のような存在は本来関わってはいけないの。住む世界が違うのだから。それに…あまり関わってしまうと周りを巻き込んでしまうわ。あなたが迷いながらも選んだ…『家族』をね。」

「あっ…。」

『ぬっぺふほふ』の救助を了承しながら、改めてほぼ『危うい存在』になっている優子に忠告する奈瑠。すると奈瑠の言いたい事が分かったからだろう。優子は小さく声を漏らすと傍らにいる弟の宏太を見つめる。そして彼を見た事で自分の危うさを察知出来たのか。小さく頷いた。

「分かれば良いわ。じゃあ私は今から『彼』の所に行ってくるから…。あなた達2人は早くこの穴の中を通りなさい。あの黒い奴らが来る前にね。」

「君は…?」

「私は大丈夫よ。あなた達とは…色々と違うから。」

強く穴の中に入る事を促してくる奈瑠の姿に宏太は戸惑いを強めてしまう。だが、優子の方は何かを悟ったのか。宏太のように問いかけようとはしない。むしろ奈瑠に感謝の想いを少しでも伝えたからだろう。再度頭を下げると彼女の言葉通り、宏太の手を引いて穴の方へと向かい飛び込んだ。そして2人の様子を奈瑠は終始無言で見つめていたが、完全に気配が消えた事で無事に帰還出来たと悟ったらしい。安堵を含ませた息を漏らすと、既に穴が閉じられた空間とは反対方向へと駆け出すのだった。

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