第25話

そうして姿を現した『人型の何か』に引き寄せられるように優子は手を伸ばす。丁度その時だった。優子の脳裏に再び声が聞こえてきたのは…。

『ね…さ…!』

(この声は…。)

響いてくる声が直前まで聞こえてきたものと明らかに違っていたからだろう。触れようと手を伸ばしていた動きを思わず止める。そればかりか正体を掴むべく意識を集中し始めた。

 すると優子の状態に答えるかのように再び声が響いてくる。それも今度はちゃんと聞き取れるほどの声で…。

『姉さん!優子姉さん!』

(…っ!宏太…!?)

はっきりと脳裏に響いてきたおかげだろう。優子はその声の主の正体を掴む事が出来た。その証拠に心の中ではあるが相手…自分の実の弟である宏太の名を呟く。更に見極められるほどに思考も常の状態に戻り始めたらしい。誘われるがまま伸ばしていたはずの手は完全に引いてしまう。むしろ我に返った事で今更ながら妙な恐怖を抱いたのか。手だけでなく体も引かせていった。

『ドウシタンダ?早クオイデ。コッチニ来レバ楽ニ過ゴセルゾ?』

『姉さん!俺と一緒に帰ろう!』

同時に響いてくる声に優子は密かに混乱し始める。元々触れようとしていた者の言葉が魅力的にも感じられていたからだ。だが、その声の後に聞こえてきたのは大切な弟のものだったからだろう。混乱してしまうのは仕方がないとも言える。そして混乱してしまったからか。優子はその場から動けなくなってしまった。


 だが、固まっていたのも僅かな時間だった。というのも、弟の声が聞こえてきた時点で優子は決意していたのだ。彼と一緒に帰る事を…。

(まだ不安はあるけれど…。)

見た目が『弟』ではなく『兄』のような姿になってしまった宏太に対し戸惑いは消えない。それに両親が本当に『こんな状態』の自分を受け入れてくれるのかも分からない。それでも自分に呼びかけてくる宏太の声は想いの強さ故か。情けなくも感じてしまうほどに切迫したものだった。そして宏太のその声は確かに力を宿していたらしい。未だ迷いがある事を否定は出来ないものの、優子は宏太達が生きる世界の方へ戻る事を決意する。それを示すように優子は後退りをし、更に『人型の何か』と距離を置くのだった。

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