第21話
そして優子の心の乱れが『あちら側』へ引っ張る力を強いものにさせたらしい。宏太との約束の日が今日だったからか。僅かに強張った表情を浮かべながら優子は洗濯を行っていた。だが、奈瑠は宏太を招く為に術を施し回っていた事。何より特製の『お守り』を持たせていた事で無意識の内に油断も生まれていたのだろう。その様子を少し見届けただけで奈瑠は優子から離れてしまう。すると強い守護の力も持っていた奈瑠がいなくなった事で引き金が引かれたらしい。『あちら側』へ引っ張る力が暴走し、優子の姿は跡形もなく消えてしまう。力の乱れに気付き帰宅した奈瑠が止める間もなく…。
「『お守り』ごと消えてしまったから、それを辿れば彼女の元に辿り着く事は出来ると思うわ。ただ…あなたに謝らなければならない事態が起きてしまった事に変わりないから…。ごめんなさい。」
「そう…なんですか…。」
優子の『神隠し』を通じて奈瑠と関わるようになった宏太。だが、それにより今まで経験した事がない出来事に触れてしまっているからだろう。なかなか宏太の思考は落ち着かない。それでも優子が再び『神隠し』に遭っている事は分かったのだろう。宏太の表情は沈んだものになってしまう。それだけでなく優子と再び同居出来るという考えしか抱いていなかった宏太は、当然『喜び』や『楽しみ』という感情しか芽生えていなかった。それが急に深い『悔しさ』や『悲しみ』に形を変え、上手く発散する事が出来なかったからだろう。俯き体を震わせながら唇を強く噛み締めるのだった。
そんな宏太の様子に優子もまた同様に強い『悔しさ』を芽生えさせる。自分もずっと同じような状況に置かれ続けているからだ。もちろん奈瑠の場合、『その人物』が強い力を宿していた事を知っていた為に心配という感情はあまり抱いていなかった。だが、ずっと強い喪失感を抱き続けている事には変わりないのだ。その証拠に奈瑠は『その人物』を探す事を止めず、見つけられる確率を少しでも上げるべく様々な知識や能力を得た。それだけ『その人物』を見つけたいという想いを抱いているのだ。だからこそ再び求めた人を喪失した時の絶望は想像でしかないが、相当なものである事も悟っていた。そして分かったからこそ奈瑠は改めて決意したのだ。再び優子を『こちら側』に戻す事を…。
決意した奈瑠は早速小さく深呼吸をする。それだけでなく深呼吸をした事で冷静な思考を取り戻す事が出来たからか。未だ俯く宏太に向けて告げた。
「じゃあ、謝罪も澄んだし…。早速動かさせて貰うわ。」
「えっ…。うっ、動くって…?」
「決まっているでしょう?彼女を取り戻しに行くって事よ。さっき言った通り今なら後を追い易いから、多分そこまで時間がかからないと思うし。それに…せっかく『こちら側』に戻せれたのにまた消えるのは腹が立つから。」
口調は淡々としていながらも、奈瑠は自分で明らかに悔しそうな表情をしているのが分かる。眉間に力が入りシワが寄っている感覚があるからだ。だが、口調に変化がなくてもその決意は告げて良かったのだ。というのも、奈瑠の言葉を聞いた事で俯き続けていた宏太が、ようやく顔を上げる事が出来たのだから…。
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