第18話
どれぐらいの時間が経過しただろうか。実際は5分も経過してはいないだろうが、お互い固まった状態で動けなくなっていたからか。とても長い時間が経過したように感じてしまう。その感覚はお互い同じであるようだが、上手く言葉が出てこないからだろう。結局、未だに黙り込んでしまうのだった。
それでも黙り込み続ける事は、あまり良い事ではないとも思っていたからか。小さく深呼吸をして気分を少し落ち着かせると、宏太は不意に呟いた。
「村の…見回りか?」
「えっ、ええ…。そんな感じです。ついでに回覧板を回そうと思いましたの。今の私が出来る事はこれぐらいですから。」
そう答える咲の姿を改めて見れば、彼女の手にはファイルが握られている。確かに度々彼女が村長や両親の代わりに回覧板を回したりしていたのは知っていた。その理由が未来の村長になる為の意思表示だという事もだ。だが、回覧板を手にして意気込みのようなものを口にする姿は、滅多に見られないからだろう。宏太の瞳には咲が自分以上に大人に見えてくる。現に宏太の口からは、自然とこんな言葉が漏れていた。
「どうすれば…桜田門さんみたいに大人になれるんだろう…。」
「…柳生君?何か…ありましたの?」
「…っ!実は…。」
自分よりも大人っぽく感じさせる咲を見ている内に、気分も何となく軽くなってきたのか。宏太は小さく呟き始めた。直前の両親とのやり取りにより生まれ渦巻き続けていた『心のもや』を晴らすように…。
その後、密かな『想い人』である宏太の言葉を咲は無言で聞き続けていた。だが、いくら『想い人』からの話であっても聞かない方が良かったのかもしれない。というのも、聞かされた話は自分も気にはなっていた彼の姉…優子の事ではあったのだが、その内容は自分の力では解決出来ないもの。彼の両親も絡むような話だったのだから…。
(どうしましょう…。何て言ってあげるのが…良いのかしら…?)
予想していた以上に宏太の心情が複雑で重かったからか。言葉を発する事が出来なくなってしまう咲。そればかりか『想い人』を慰める事も出来ない自分に強い無力感を抱いたのだろう。俯きながら悔しそうに唇を噛み締めるのだった。
だが、悔しげな咲に対し宏太の心情は予想外の形に変化していく。それは自分の中に溜まっていたものを打ち明ける事で軽くなったからなのだろうが、少しずつ冷静な思考を取り戻していったのだ。現に自分の話を俯きながら聞いていた咲に向けて、宏太はこんな言葉を口にした。
「ありがとう、桜田門さん。おかげで少し楽になれました。」
「えっ…。でも…私は何も…。」
「話を聞いてくれたじゃないですか。それだけで何だか楽になれたんです。だからお礼も言いたくて…。本当にありがとうございました。」
「柳生君…。」
根本的なものは何も解決していない。それでも話を聞いてくれただけで気分が少し軽くなった事。何より自分の家の問題を聞き続けてくれた事が有り難く感じたからだろう。自然と感謝の想いは強くなり、宏太の口から感謝の言葉となって溢れてくる。そして改めて感謝の気持ちを示すべく、宏太は咲に向けて頭を下げるのだった。
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