第15話
そうして室内は穏やかな空気に包まれる。だが、この状態をいつまでも続ける訳にはいかない。その事に十分気が付いていたのか。宏太を宥めていた優子は小さく息を漏らすと、徐にこんな言葉を口にした。
「もし良かったら…1週間後に来てくれる?」
「えっ…。何で…?」
「だって今日私がいきなり帰ろうとしたらお父さんとお母さんを驚かせちゃうでしょう?あなたも…宏太もよく考えた方が良いでしょう?このまま私が一緒に住んでも大丈夫かどうか。」
「一緒に住んで大丈夫かって…!そんなの当然だろ!?俺は…姉さんが帰ってくるのを待っていたんだ!一緒に住んで大丈夫に決まっている!だから…!」
「宏太。」
ようやく優子と再会出来た事に宏太は確かに喜びを感じていた。それなのに優子から告げられた言葉は予想外の内容で、強い衝撃を受けてしまったのだろう。宏太は思わず声を張り上げてしまう。だが、それを受けても優子の言葉や態度が落ち着いたものだったからか。宏太も自然と落ち着きを取り戻していく。すると優子は宏太が落ち着きを取り戻した事に安心したらしい。小さく息を漏らすと再び口を開いた。
「心配しなくても大丈夫よ。私はここ…桂川さんの家で待っているわ。だから…ちゃんと2人に話して気持ちが固まったら迎えにきて。」
「姉さん…。」
「お願い。」
真っ直ぐ自分を見つめながら告げてくる優子のその姿に、宏太は何かを悟ったようだ。それを示すように小さく頷き徐に立ち上がる。そして名残惜しそうに振り返りながら奈瑠の家を後にするのだった。
宏太が出ていった後。2人きりになった事で室内は一気に沈黙していく。それでも一応客人として宏太を迎え入れていた時に飲み物を出していた為、片付けを行うべく奈瑠は動く。だが、その頭の中には当然直前の宏太とのやり取りが過っているからだろう。こんな言葉を呟いた。
「…良かったの?彼を帰宅させて。」
「えっ、ええ…。あっ、すみません。勝手に私がここにいる事を決めてしまって…。」
「その事を言いたいんじゃないの。強引にでも彼に付いて行かなくて良かったのかなと思って…ね。」
そう言いながらも後は上手く言葉が出てこなかったからか。その後の奈瑠は黙り込んで手を動かす。湯呑を洗う音だけを響かせていた。
一方の優子は自分に背を向けて洗い物を行う奈瑠の様子を無言で見つめる。そして一通り洗い物が終わった事で奈瑠が水を止めると、それを見計らって呟き始めた。
「気持ち的には…一緒に帰りたいです。自分の家だし、お父さんとお母さんにも早く会いたい。会って…自分が生きていた事を証明したい。だけど…それは私が一方的に思っている事。2人が…まだ私の事を思ってくれているのかは分からないから…。」
「優子…。」
「それに…宏太にもよく考えて欲しいと思ったの。私の事を…これからも受け入れられるかをね。」
「…っ!そう、分かった。そのつもりなら私も協力するわ。」
背後から聞こえてきた声により振り向いてみれば、優子は奈瑠を見つめながら言葉を紡いでいる。その姿は時が止まってしまった分幼いものだったが、本来の性格と『神隠し』という衝撃の体験が相まっているのか。語る優子の姿は、とても大人らしいものに見えてくる。だからなのだろう。奈瑠は一瞬息を呑みながらも自然と頷いてしまう。それと同時に優子が宏太だけでなく両親にも受け入れて貰える事を強く願うのだった。
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