第13話
その後、訪ねる際に既に施してあった術で自宅へ戻った奈瑠。その傍らには直前に『ぬっぺふほふ』と別れたばかりの優子がいて、未だに寂しさに浸っているらしい。『こちら側』に戻る事が出来たというのに、未だ沈んだ表情を浮かべている。そんな優子を見つめながら奈瑠は告げた。
「…あなたが気にする事はないわ。彼のような存在は本来の独りで生きている事が多いの。あなたと離れたところで以前の生活に戻るだけよ。」
「それは…そうかもしれませんが…。でも…。」
「それに…あなたと彼とは生きる世界が違うわ。あなたは『こちら側』の住民で、彼は『あちら側』の住民。それは混ざってはいけないの。時が止まっていても…その事は分かっているでしょう?」
「はい…。」
淡々とした口調で話す奈瑠に対し、優子は頷きながら小声を漏らす。それでも胸の中では切なさが積もり続けているのだろう。俯く彼女の瞳は潤み始めていた。
一方の奈瑠は予想していた以上に『ぬっぺふほふ』の事を想っている優子の姿に内心呆れてしまう。それでも彼女の存在を待つ者がいると分かっているからか。…妖と人間との強い繋がりの果てに自分が生まれているからか。優子の事を否定する気はなかった。そればかりか俯く彼女の手を取り再び口を開いた。
「良かったわね。彼が優しくって、良い思い出が沢山作れて…。」
「桂川さん…。」
「あなたは恵まれているわ。もちろん彼もね。だって…互いに良い思い出を持ったまま別れる事が出来たんだから…。それで十分じゃない?」
「桂川さん…!」
僅かに微笑みを浮かべながら、『ぬっぺふほふ』との思い出を『良いもの』として語った奈瑠。すると奈瑠の様子や言葉に感情が更に高ぶったのか。優子の瞳からは次々と雫が落ちていく。その様子を奈瑠は手を擦ってあげながら無言で見守り続けるのだった。
そうして少しの間、涙を流し続けていた優子。だが、一通り泣いた事で気分も落ち着いてきたらしい。僅かではあるが、笑顔も浮かべるようになる。その様子に奈瑠も一安心したくなるが、まだ当初から抱いていた不安な事もある。本来の年齢と見た目に対する差が…。
(どうすれば良いのかしら…?)
確かに『あちら側』に干渉してしまった者は歳をあまり取らない。見た目が若いままの者が多いのだ。実際よく覚えてはいないが、自分の母も実年齢以上に若々しい姿をしていたらしい。だからこそ『あちら側』と関わった者が他の人間達と異なってしまう事も知ってはいたのだ。もっとも知っていただけで、自分はそれに対処する事は出来ないのだが…。
一方の優子は一通り泣いた事で冷静さを取り戻したようだ。その証拠に考え込んだ様子の奈瑠の事を不思議そうに見つめる。そして優子のそんな姿に気が付いたからだろう。奈瑠は重い口を開いた。優子の事を彼女の家族が受け入れない可能性を…。
「もちろん絶対って訳じゃないと思うわ。ただ…あなたは10年も『あちら側』にいた。その分、周りとの時間の差が生まれてしまっている。だから…周りは受け入れてくれないかもしれない。あなたを探すように依頼してくれたはずの弟もね。」
「桂川さん…。」
「ごめんなさい…。早く見つけてあげられなくって…。」
今まで自分の目的が遂行される可能性を少しでも上げる為、度々『人探し』や『失せ物探し』を行っていた奈瑠。その大半は依頼人の要望が叶った為に、相手は良い反応をしてくれた。だが、その反応は年数があまり経っていない案件ばかりだったからなのだろう。今回のような発生して10年も経った依頼は初めてだ。だからこそ奈瑠は今更ながら謝罪をしてしまったのだ。謝っても仕方がないと分かってもいたというのに…。
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