第10話

その時だった。2人の傍に『ある人物』が姿を現した。それは…。

「…何やってるのよ?アンタ。彼を村の出入り口まで連れてきてくれるんじゃなかったの?」

(っ!)

「なっ、奈瑠様…。」

急に現れた者の声を聞き、宏太は思わず息を呑む。何故なら相手は1週間前に自分が依頼をした相手であった奈瑠だったのだから…。

「すっ、すみません…!なかなか面白そうな奴だったので…遊んでしまいました!どうかお仕置きは…『あの人』へは!知らせないで下さい!」

「そう思うのなら妙な事をしなければ良いのよ。早く失せなさい。」

「はっ、はいっ!失礼します!」

『村長』の姿をした者はやはり別の存在だったらしい。現に奈瑠が責めると姿を変える。それだけで驚きだったのだが、その者の元の姿を見た宏太は更に驚きと戸惑いを抱く。というのも、『村長』に化けていた者は自分よりも僅かに背が低く、額の所に尖ったコブを持つ者だったのだから。それは知識や『そういう感覚』に優れている者ならば『鬼』か、それに近い存在だと何となくでも気が付くだろう。だが、今まで経験した事がない宏太は金縛りと相まって上手く反応を事が出来ない。それにより奈瑠に責められて風のように去っていく者を見つめる事しか出来なかった。

「まったく…。私の元へ連れてくるだけなのに、こんな術までかけて…。」

消えた鬼を見送った後になっても、宏太が一向に動く事が出来ないのに気が付いたらしい。しかも動けない彼の様子に術がかけられている事も分かったらしく、奈瑠は呟きながら肩に手を置く。その瞬間、奈瑠の手を通して何かの力が発動したようだ。直前まで指1つ動かせなかったはずだが、触れられた途端にその縛りが解かれる感覚になる。そして同時に体を支える力を急に失った影響だろう。宏太は体のバランスを崩し、尻餅を打ってしまうのだった。


 そうして一瞬ではあるが、奈瑠に格好悪い姿を見せてしまった宏太。だが、当の奈瑠は特に気にしてはいないらしい。尻餅を打ち誤魔化すような笑みを浮かべつつ立ち上がる彼の姿にも、表情を変えようとはしない。無表情に近いものを浮かべながら宏太を見つめている。すると何とか立ち上がれた宏太は不意に口を開いた。

「あの…!ありがとう…ございます!ずっと動けなかったのを助けてくれて…。」

「別に良いわよ。悪いのはアイツだし。それに…あれぐらいの事だったら大した事ないわ。」

「そうなんですか?やっぱり凄い人なんだな!」

奈瑠は正直に告げただけなのだが、特に何の力も持っていないからか。宏太は無邪気な様子で驚きと感動を伝えてくる。それにより奈瑠の口からは、自然と呆れを含ませたタメ息が漏れてしまうのだった。


 それでも呆れてばかりもいられない。というのも、奈瑠が『薬師村』に来たのには理由がちゃんとあったのだ。宏太にとっても重要な事が…。

「いきなりだけれど言わせて貰うわ。アンタが探していた人物が見つかったの。」

「えっ、ええっ!?本当に…?ぶっ、無事なんですか?」

奈瑠の事を称えるような事を口にしてしまうほどに気が緩んでいたのか。奈瑠の言葉に思わず声を上げてしまう宏太。その様子に奈瑠は再び呆れタメ息を漏らしてしまいそうだが、今度はそれを抑えた。何故なら宏太の問いかけに答えると同時に、彼を誘わなくてはならないからだ。『ある状況』をその目で確認させる為に…。

「ええ。一応、無事よ。怪我らしい怪我はしていない。ただ…普通の人ならば不思議と感じる事が起きている。それを…一度一緒に確認しないかしら?」

「不思議な事…?よく分かりませんけど…良いですよ。というか、やっぱり姉さんは生きていたんだ!凄く嬉しい…です!」

依頼の結果報告と共に意味深な言葉も杭にする奈瑠。だが、依頼が良い形で達成された事に強い喜びを感じていたからか。宏太は奈瑠が漏らした言葉を問おうとはしない。その姿に奈瑠は再び呆れてしまうが、同じような立場故に心情は分からなくもないからだろう。あえて何も言わない。そして一気に自分の家まで連れていく為に密かに術を発動すると、村の外へと出たのだった。

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