第5話
直前の声に誘われるように山中を歩き続ける宏太。どうやら直前に聞こえた声に返事してしまった事で、何らかの力が発動してしまったらしい。周囲は山中特有の草木に覆われている似たような光景が広がるばかりだが、何故か進む方向に迷いは生まれない。足はひたすら動き続けている。
「ちょっ…!待って下さい、柳生君!」
「…。」
明らかに様子が妙だと感じていたからか。宏太の背後で咲は声をかける。だが、宏太の足が止まる事はなく、無言のまま進み続けていた。
すると進み続ける2人の前に、その光景は突然広がったのだ。草木に覆われた場所が急に拓け、その拓けた空間に1軒の家が建っているという光景が…。
「っ!」
「こんな所に家…?でも…こんな所に建っているなんて、誰も住んでいないんじゃ…。」
山中に突然現れた家なのだ。普通ならば咲の言う通り空き家だと思ってしまうだろう。現に咲の言葉を肯定するように住宅に人気はほとんどない。静かに佇むだけだ。だが、宏太の足はやはり止まる事なく、謎の家に向かって更に接近していった。
そうして家に接近する事で再び何かの力が働いたのか。風1つなく家が佇み続けていただけの空間に突然風が吹き抜け、周囲が妙に騒がしくなっていく。その騒がしさは常日頃『未来の薬師村村長』らしく大人っぽく、自分に少し自信を持っているように振る舞っていた咲が恐怖を抱くほどだ。更に周囲が騒がしくなった事で『術』も解かれたのか。我に返った宏太は周囲の異常さをようやく察知。逃げようとも考える。だが、先ほどの妙な感覚…『目的の少女がここにいる』というものが未だに脳裏に残り続けているのか。恐怖を抱いているはずの足がその場から動く事はなかった。
その宏太達の様子はやはり何者かに密かに監視されていたらしい。草木の陰から1人の人物…少女が突然姿を現したのだが、2人を見ても特に驚いた様子はない。むしろタメ息のようなものを漏らしたかと思うと、2人を見つめたまま徐に口を開いた。
「…ああ、やっぱり侵入者は本当だったのね。『彼ら』が勝手に騒いでいるだけかと思ったわ。」
「…っ!きっ、君は…?」
「普通はそっちから名乗るべきじゃない?何たって私の家に勝手に入ってきたのだから。」
「えっ、えっと…。すみません。」
突然自分達の前に現れた『謎の少女』の正体を突き止めようと問いかけた宏太。だが、問われた側の少女は、その言葉通りこの家が自分の居場所なのか。淡々とした声で言い返すだけで、一向に名乗ろうとはしてこない。それに対し、宏太自身も変に動揺してしまったのか。言い返すどころか変に謝罪の言葉まで口にしてしまうのだった。
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