第13話

それは、いつもと変わらないお昼休みの時間だった。この日は撫子が学校を休んでいた為、桃馬は久し振りに夏妃達の元にやって来る。それを2人は快く迎えたのだが、桃馬の顔を見てある事に気が付いた。

「…大丈夫かしら?何か顔色が変よ。」

最初に気が付いたのは観察眼に優れている真理だった。そして、それを聞いた夏妃も思わず桃馬の顔を凝視する。確かに心なしか顔は当然肌色なのに青っぽく見えた。

「…本当だ。大丈夫か?」

指摘されて初めて気が付いたとはいえ、明らかにいつもと様子の違う桃馬に夏妃は不安そうに尋ねる。だが、当の桃馬はそんな2人に対し淡々と答える。

「…大丈夫だ。少し疲れてるだけだし…。」

「でも…。」

「悪いけど…会長に任された仕事が残ってるから…。」

それだけ言い残し桃馬は昼食を早々に切り上げ2人から離れてしまった。

 予想外に冷たい態度を取られ夏妃は少し腹を立てる。だが、それ以上に胸の中が騒いでいた。そして…。

「…?何してるの?夏妃。」

突然、携帯を取り出して操作し始める夏妃の姿に真理は首を傾げる。

「いや、今日って桃馬は授業後すぐにバイトだって聞いたからさ。秋人に頼んで密かに桃馬を監視して貰おうと思ったんだ。本当は僕がするべきなんだけど、今日はバスケ部の手伝いに行くから…。」

「ふーん…。」

夏妃はその性格もあってか、女子にしてはスポーツ万能だった。それにより、よく運動部から練習があると手伝わされ試合にも借り出される。それを常日頃の夏妃だったら喜んでいた。だが、今日は訳が違う。気持ちはもちろん参加するつもりではいるのだが、その心には僅かな不安が過っている。そこで、その不安を少しでも減らす為に弟に見張りをさせようというのだ。

 一方、そんな事を口にする夏妃の姿を真理は無言で見つめ続ける。その表情は一見すると無表情なのだが、心の中では嬉しくなっていた。

(やっぱり…桃馬の事は気になるのね。その理由も本人は分かっていないようだけど…。)

「?どうかしたのか?」

無言で見つめ続ける姿に夏妃は首を傾げる。だが、真理は結局その胸の内を語らず、静かに笑みを浮かべるのだった。


 そして夕方。空が僅かに赤く染められていて、子供は下校時間、大人は夕飯の買い出し等で街を行き交っていた。そんな中を1人の少年…五十嵐秋人は1人歩く。昼間に姉である夏妃からあるメールを受け取ったからだ。その内容は『桃馬が調子悪そうなんだ。少し気になるから監視してくれないか?』というもの。それは別に構わない。秋人も下の妹の春穂も桃馬の事を幼い頃から『桃兄』と呼んで慕っている。だから一向に構わないのだが…。

「いい加減…色々と気付いて、丸く収まらないかな…。」

桃馬と同じく真理を慕う秋人は、彼女と同様にある程度の観察眼はあった。だから桃馬が姉をどう思っているのかも分かるし、姉の中に隠れているものの正体も何となく気付いてはいる。だが、本人が気付かなければ意味がないと思い、あえて触れずにはいたのだが。幸か不幸か、未だに夏妃本人はその正体に気付かずにいる。早く気が付いて欲しいものだ。改めてそう思いながら秋人はタメ息をつきつつ、桃馬がバイトをするコンビニへと向かった。

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