(第3話)

第11話

夏妃に対して一方的なライバル認定をした撫子の行動は早かった。まずその日の授業後。帰りの支度を終え帰ろうとしている桃馬の前に突然現れたのだ。

「雲野君。あなたにお話があります。良いでしょうか?」

最近、撫子から何かと呼び出しを受ける事が多かったので、桃馬はまた同じような理由だと思った。だが、それにしては顔が妙に真剣になっている。一体、どうしたというのか。ゆっくり話を聞くべきだと後で桃馬は思ったが、この日はそうはいかなかった。何故なら今日はこの後にバイトが入っていたから。

「悪いが今日はバイトが入ってて…。すぐに帰りたいんだが…。」

「大丈夫ですわ。私が今からする話に雲野君が答えれば良いだけです。5分もかかりませんわ。」

以前だったらバイトを理由に断る事が出来たのに、何故か今日は断られてしまう。その姿は真剣な表情で、話を聞かなければ抜け出させて貰えないような雰囲気までも醸し出している。結局桃馬は、早く学校から抜け出す為にも撫子の話を聞く事にした。

 一方の撫子は、逃げようとしていた桃馬がその動きを止めた事に思わずほくそ笑む。それでも表情は隠したままある事を口にした。

「私が生徒会の会長で忙しい事は存じてますわね?」

「まぁ一応は…。」

夏妃の次に生徒会に興味がない性格でも、その仕事が並大抵でない事を桃馬は分かっている。何たって学校は行事が多い場所で、生徒会と呼ばれる存在は大なり小なり関わる存在なのだ。よって桃馬は今まで要請があってもバイトを理由に生徒会には入ろうとしなかった。それなのに何故今になって生徒会の話が出るのだろうか。

今更ながら嫌な予感がした桃馬はより一層体を強張らせる。だが、そんな桃馬に対して撫子は遂にあの事を口にした。

「雲野君。あなたを今日より私…生徒会長の五月晴撫子の補佐に任命致します。」

雰囲気等から何となく予想していたとはいえ、改めて言葉で伝えられると反論の言葉が出てこない。そればかりか撫子は桃馬の鞄を取り上げると1人の男子に預けさせる。そして…。

「受け入れなければ、この鞄は返しませんわ。」

鼻高らかに撫子はそう告げたのだった。

一方、桃馬の鞄を持つ事になった男子に視線を送るが、その表情は思っていたよりも困惑はしていないようだ。普通だったら突然巻き込まれた事に戸惑うはずだが、この学校には撫子を慕う者が多い。特に男子の大半は撫子を崇拝していて、大半の者が彼女の下僕と化している。よって今回も桃馬の鞄を抑える役に任命された男子は巻き込まれたというのに何だか嬉しそうだ。おまけに他の生徒達もいつの間にか集まると、桃馬に対して強く見つめてくる。『五月晴さんからの誘いを断る訳ないよな!?』直接言葉をぶつけられた訳ではなかったが、その視線には明らかにそういう意味が込められている。直感でそう感じた桃馬は断る事が出来ず、結局ほぼ流されるように了承してしまう。そして翌日以降の大体の仕事内容を聞き流しながら教室を出て行くのだった。


 一方、強引な方法とはいえ桃馬を仮で手に入れる事が出来た撫子は嬉しくてたまらない。思わず自宅に帰る道中で鼻歌を口ずさんでいると、専属の運転手が声をかけてくる。

「何だか良い事がございましたか?お嬢様。」

「ええ。とても…。」

笑顔のまま答える撫子だったが、その時フロントガラスの向こう側で街中を歩く夏妃の姿が目に入る。夏妃自身は秋人から連絡を受けて夕飯の買い出しをしていただけなのだが、それを見ていた撫子の中では熱いものが湧き起っていた。

(あなたには渡しませんわ!彼は私の『初恋の王子様』なのですから…!)

そう強く想うのと比例して撫子は手を握り締める。だが、表面上はいつもの優雅さを見せていた為、車内という名の同じ空間にいるはずの運転手が気付く事はなかった。

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