第10話

ようやく撫子から抜け出す事が出来た夏妃だったが、その精神状態は妙な疲労感に襲われていた。無理もない。そもそも撫子からの呼び出しを受ける前から今日は授業でも疲れていたのだから。

「何だか…ひどく疲れた顔してるわね。」

いつもとは明らかに疲れ切った表情を見せる夏妃の姿に、真理は哀れみながら一口サイズのチョコ菓子を出す。それを見た夏妃は真理に感謝しつつ1つ手に取ると口の中に歩織り込む。その瞬間、口の中に甘い味と香りが広がり夏妃の体に浸透していく。そして、全身に行き渡った感覚のおかげで思考が戻ってきたらしく、ようやく口を開く事が出来た。

「ああ…。生徒会長が呼び出したと思ったら、意味不明な事を言い始めて…。おかげで弁当がゆっくり食べれらなかったよ…。」

「あら…。一体、どんな事を言われたのかしら…?」

そう言いながら夏妃は弁当を開けつつ、尋ねてくる親友に向けて口も開いた。


 真理に話しながら素早く弁当を平らげる夏妃。元々、食べるスピードが速い夏妃だったが、今日は時間もなかった為いつも以上に手早く食べ終える。それでも逆流せずにいられるのは体質なのだろうと長い付き合いの真理は改めて思うのだった。

そんな事を考えている内に身も心もお腹も落ち着いたのだろう。弁当箱を片付け終えた夏妃はペットボトルに口を付ける。その姿は常と変わらず落ち着きを取り戻したのだと分かった真理は小さく笑みを浮かべる。そして夏妃を見ながら先ほど聞かされた話を思い出しつつ口を開いた。

「まぁ何にせよ…。生徒会長はやっぱり凄いのね。よく見てると思うわ。」

「…?そうなのか?でも、あんな事は僕より真理の方が当てはまりそうなんだけどなぁ。幼馴染みだし、同じくらい桃馬とは仲が良いと思うけど…。」

真理からの言葉を聞いても夏妃は未だに色々と分かっていないようだ。その性格は他の女子が聞いたら腹が立つかもしれないが、真理にとっては何だか喜ばしく感じるものであった。だって周りがどんなに変化しようとも『夏妃』はずっと『夏妃』のままであるから…。

「アンタは…本当に変わらないわね。」

「そうか?身長はまた伸びたけどな!」

「そういう意味じゃないけど…。まぁ良いわ。」

真理はつい思った事を声に出してしまったが、夏妃はそれに対し見当違いな答えを返す。その様子に思わずツッコミを入れるものの、その表情は穏やかなものであった。


 一方、夏妃に逃げられてしまった撫子は悔しそうに口元を歪ませていた。

(何で…何であの娘はああなのかしら!?私の気持ちを言葉の意味を分からないだなんて…!)

悔しさのあまり撫子は思わず親指を噛む。その瞬間、指に僅かな痛みが走ったが、おかげで頭に常の冷静さが戻る。そして僅かに笑みを浮かべると小さく呟く。

「そっちがその気でしたら…私にも考えがありますわ。」

穏やかでない様子で撫子は言葉を紡ぐ。だが、常と真逆の決して優雅とは言えないその姿は誰にも見られる事はなかった―。

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