第6話

一方の桃馬はというと、未だ撫子に捕まり校舎にいた。

「あの…そろそろ…。」

「あっ!紅茶もう一杯どうかしら?お菓子もあるわよ。」

「はぁ…。」

積極的に話しかけ色々と薦めてくる撫子の姿に桃馬はタメ息をつく。そして新たに追加されてしまった紅茶を飲みながら少し前の事を思い出していた。


 それは下校時間に遡る。ホームルームも終わり、皆は各々帰る支度をしていた。その中には当然桃馬も含まれており、素早く荷物をまとめると教室から出ようとした。だがその時、教室の出入り口より声が聞こえたのだ。

「あの…。雲野君はいますか?」

「っ!」

控えめな、それでいて決して無視出来ないその声に皆は顔を上げる。そこには予想通りこの学校の生徒会長で特待クラスに在籍する生粋のお嬢様の五月晴撫子がいた。

「会長!わざわざ普通クラスに来てくれたのですか!?」

「ええ…。雲野君に用事があって…。いるかしら?」

「はっ、はい…!ちょっと待って下さい!」

対応した男子生徒は緊張しながらも受ける。そして素早く桃馬の元に近付くと呼びかけた。

「生徒会長が呼んでるぞ。雲野。」

「…ああ。」

無事に撫子が来た事を伝えられた事に男子生徒は安心したのだろう。鼻歌を混じらせながら離れていく。だが、一方の桃馬は若干呆れ顔になっていた。

発端は2ヶ月ぐらい前の事だ。母子家庭で育った為に小遣いぐらいは稼ごうと、桃馬は週に3回ほどコンビニでバイトをしている。だが、その日は入ってなかったので、幼馴染み2人と共に帰宅する定番コースを辿ろうと準備をし教室から出た。するとその時、書類の束を手にしていた撫子とすれ違い、目の前でぶち撒かれてしまったのだ。しかも何故かその時、他の生徒は手伝おうとせず撫子は慌てて書類を拾い始める。それを見かねた桃馬は仕方なく手伝ってしまったのだが…。それ以来、時々ではあるが『生徒会の手伝い』を口実に絡まれるようになっていたのだ。それにより夏妃や真理と一緒に帰るという定番だが安心できる時間が失われていった。


 再びカップを手に桃馬はタメ息をつく。生徒会室の窓から見える光は赤みを帯び始めていて、時間の経過を物語っている。それを見つめていた桃馬だったが、決意を固めると一気に紅茶を流し込む。そして帰る為に立ち上がると椅子を勢いよく引いた。

「もっ、もう帰るんですか?」

椅子を引いた音で我に返った撫子は、桃馬の様子を見て慌て始める。だが、そんな撫子に対して桃馬は淡々と答えた。

「ああ…。頼まれた仕事は終わったしな。母親が帰って来る前には家事も済ませたいし。アンタも迎えが来てるんだろう?」

「えっ、ええ…。でも、私は…。」

「悪い。じゃあな。」

未だ何か言い返そうとする撫子の話を折るように桃馬は生徒会室から出ていく。そして逃げるように校舎を後にした。


 1人生徒会室に残された撫子は携帯で家に連絡すると茶器や書類を片付ける。そうして平静さを装いながら片付けているが、呟かれた言葉は少し怒りが混じっていた。

「どうして…私の物にならないのかしら…。せっかく…きっかけを作って…仲良く出来ると思っていたのに…。」

そう呟く撫子だったが、その言葉は少し震え瞳は僅かに潤んでいる。どうやら桃馬が自分になびかない事が悔しいらしい。それでも頭を振るい我に返ると生徒会室から出て行った―。

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