第64話

「…って下さい!平助さん!」

背後から必死に呼び止める声に平助は振り返る。と、そこにいたのは息を切らしている桂の姿だった。どうやら周りが見えずに走り続けていた平助を、ずっと追いかけていたらしい。桂の呼吸が落ち着くのを待つと平助は少し頭を下げる。

「…その、ゴメン。君に気付かず走り続けて…。」

思わず申し訳なさそうな声を漏らす平助。そんな様子を見た桂は少し笑みを浮かべる。

「いえ…。平助さんにとって一平さんは名前をくれた人ですもの。私にとっても大切な方である事には変わりませんし。だから…心配になる気持ちも分かります。」

そう言って桂は改めて平助を見つめると

「…今から私は人となりますので一平さんがいる町に行きませんか?…気になる事を確かめる為に。」

と言った。自分を気遣う桂の優しさに平助の胸と目頭が熱くなった。それでも零れ落ちそうな涙を堪えながら頷く。そして平助は桂の手を取ると町へと向かう事にしたのだった。

 少し歩いた所で桂は徐に掴んでいた平助の手を離す。そして人の姿へと変わろうと準備を始める。小さな白い両手の人差し指を立てながら組み念じる桂。すると桂の体が光りを放ち、いつも金髪の間から見えていた獣の耳や、腰より少し下に生えていた橙色の毛に覆われた尾が姿を消した。

「…どうでしょうか?変ではないですか?」

「うん…、大丈夫だよ。」

初めて見せる人となった姿の桂に平助の胸の鼓動が何故か早まる。それでも、そんな衝動に蓋をするかのように再び桂の手を取り下山していった。

 険しい山道を下り草木を掻き分け2人は下山する。本当は人の姿になった桂は少し疲れていたが、平助に悟られまいと何も言わずに付いて行く。一方の平助も、桂が気にはなったが、それよりも早く一平の事を確かめくて先を急いでしまう。そんな2人の間からはいつの間にか会話が消えていた。そして気まずい空気が頂点に達した頃、ようやく2人は人の通れる道へと辿り着いた。

「もうすぐで町ですかね。」

「ああ。多分だけど…。」

辛い山道から解放された2人の表情から思わず安堵の色が見える。と、突然平助は何かを思い出したかのように桂の方に振り向く。

「その…。休憩しなくてゴメン。」

更に申し訳なさそうにする平助に桂は少しタメ息をつく。だが

「…大丈夫です。さぁ、行きましょう!」

と微笑みながら言う。その桂の姿に平助は少し救われるのだった。

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