第62話

それ以来、一平は少年・平助と共に山で過ごすようになった。初めは傷口の痛みのせいで立つ事もままならなかったが、平助と桂が付けてくれた薬のおかげで徐々に動ける範囲も増えてきた。そして一時は命も危ぶまれていたが、1週間もすると自力で近場を散歩できるようになった。また、妖に恐怖も抱いていたが、優しい桂の存在もあり徐々に慣れ、遂には会話も出来るようになってしまっていた。

一方の平助も最初は『傷を治して早く帰そう』と思い一平と距離を置いていた。だが、一緒にいる時間が長くなるにつれ徐々に距離が縮まってくる。何よりも自分に名を付けてくれた事が嬉しくて『平助』という名をいつまでも大切にしようと思うようになっていた。そして平助の心境の変化を察知した桂も嬉しい半面、何だか寂しい想いも抱くようになっていた。

 そんな日々が半月ほど過ぎた。一平の体の傷はほぼ完治し、山の中を散策出来るようになった。自分でも驚くほどの回復力に自然と心が躍り出す。だがその半面で、少し寂しさも覚えていた。

(もうすぐしたら…帰らなくてはならないんだよな…。)

それは最初から分かっていた。自分は元々、家を守らなければならない存在。それが重荷となって町へ繰り出し、帰る途中で男達に襲われ山に逃げてしまった。そんな経緯で来てしまった山だったが、今やここが故郷のような錯覚に陥ってしまうほど暮らしを満喫してしまった。今日に至るまでの出来事を思い出し一平は思わずタメ息をつく。それでも意を決すると平助達に会う為に歩を進めた。

 「…そうですか。もう帰る決意を固めたのですね。」

一平の言葉に平助は一瞬沈んだ表情を見せる。最初は妖以外の存在であった為に警戒心を向けていた相手だったが、今や世間の事まで教えてくれる貴重な話し相手となっていた。そう思うと平助の心の中に微妙な寂しさが募る。だが、そんな想いを見せまいと平助は優しく微笑む。

「分かりました。では、たまにで良いので手紙をくれませんか?せっかく一平さんから教わった文字もちゃんと理解出来てるか確認する為にも。…ダメでしょうか?」

突然の提案に一平は驚きつつも優しく微笑む。そして

「ああ。手紙を書く事を約束しよう。俺が名付けた優しい少年『平助』とその仲間達宛にな。」

と約束するのだった。

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