第61話

「…大丈夫ですよ。怪我が良くなればちゃんと帰れますから。」

「あっ、ありがとう。…ではなくて、君はずっとこの場所にいるのかい?」

「ええ。だってここが僕の住む場所ですから。」

あっさりと認める少年の姿に更に驚く男性。たが、そんな男性の様子も少年は気にしてないようだ。その様子に男性は呆れつつも、当分自分の体が無理出来そうにないというのも気付いていた。結局、少年の言葉を受け止めそのまま山に滞在する事にした。

少年の案内で男性が連れて来られたのは小さな山小屋。狭い室内だったがちゃんと火を起こせる空間と寝れる場所も確保されていて意外と暮らしやすそうだった。

「ここが…お前の家か?」

「はい。初めはそのまま山の中で寝ていたのですけれど虫に何回か喰われてしまって。ですので桂や他の者達に手伝って貰い家を建てたのです。」

「桂…。それは先程お前と一緒にいた娘の事か?」

男性の言葉に少年は頷く。

「桂は僕の唯一の友です。行き場を失った僕を招いてくれたのですから。」

「だが、彼女は『人』ではないのだろう?何やら獣の耳が見えたのだが…。お前は平気なのか?」

「ええ。だって僕は幼い頃から『そういう存在』と関われる力があったみたいで、よく周りに集まっていましたから。…でも、そのせいで行く先々で捨てられてしまいましたけれどね。」

そう言った少年の瞳に一瞬だが悲しみや苦しみの色が見えた。恐らく、ここに至るまで相当な苦労があったのだろう。だが、あえてそれ以上は触れないようにして男性は話しを続けた。

「…あぁ、まだ名を言ってなかったな。俺は一平。改めて世話になる。…そういえばお前の名は何と言うんだ?」

「僕?僕に名はありませんよ。…あったかもしれませんが忘れました。皆は適当に呼んでますから不便もありませんし…。」

少年の言葉に男性…一平は再び驚く。人なのに名を持たないなんて彼自身も『人と異なる存在』なのではないか?ふと、そんな事を考えてしまった。だが誤魔化すように咳払いをすると少年を見つめ直した。

「…そうか。では俺がお前に名をあげよう。俺の名から一文字とって『平助』…。平助にしよう。」

「平助ですか…。分かりました。では、あなたに出会えた記念に有難くその名を貰います。」

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