第58話
すると次の瞬間、そんな狐の少女の手を少年の手が優しく触れた。その様子に狐の少女は驚きの表情を見せ声を上げようとするが、少年は構う事なく刃をそっと抜く。そして近くに生えていた薬草の葉を傷口に押し当てると、傷口からずれないようにツルで縛り結んであげた。
「…これでしばらくは大丈夫だと思う。」
それだけ少年は口にすると背を向け歩き始める。だが、そんな少年の腕を狐の少女は掴むと、朱色の瞳で真っ直ぐ少年を見つめ尋ねる。
「…どうして私を助けたの?あなたは人間なのでしょう?人間は私達みたいな存在を狩ろうとするのに…。ねぇ、どうしてですか…?」
何処までも澄んだ瞳で見つめられ少年は思わず言葉を失う。それでも小さくタメ息をつくと淡々と答えた。
「…確かに人はお前達みたいな妖を嫌い狩ろうとする存在だ。だが、それだけじゃなく交わろうと…関わろうとする人間だっているさ。」
「じゃあ…、あなたはそういう人間なのですか?」
再びの問いかけに少年は無言になる。そして暗い表情のまま言葉を続ける。
「…僕はそんな存在にはなれない。見えていても、分かっていても、人の世界で生きる為に隠そうとする弱い者だ。…まぁ結局、他人にばれて追い出されてしまったけれど。」
何処か遠くを見つめ少年の口からは自らを非難するような冷たい言葉が発せられる。そんな表情と言葉に何故か狐の少女の胸は締め付けられるような感覚を覚える。そしてもう片方の手も伸ばすと少年の手を握った。
「あなたは…、弱い存在じゃありません。人と異なる者を助けてくれたとても優しい人です。だから…、自分が辛くなるような事を言わないで下さい。」
人とは異なる不思議な温かさを帯びた手の感触、自分を見つめ切なそうに潤む瞳…。それらのモノが少年の心を自然と溶かしていく。更に少年の目からはいつの間にか雫が零れ落ちていた。それは今まで誰とも関わらず1人で生きていこうと踏ん張っていた力が抜けた証拠だった。
少年は背をかがめると狐の少女の手を引き抱きしめる。急な少年の行動に狐の少女は最初戸惑い声を上げそうになる。だが、少年の気持ちを感じ取ったのか手を伸ばすと少年の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ…。大丈夫…。」
自分の頭を優しく撫でるその感触に少年は更に大粒の雫…涙を流す。そしてしばらくの間、少年は声を上げて泣き、その声は山の中に響いていた。
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