第56話
夕姫の元から離れた奈々はひたすら契約書達を追う。ある時は枝に引っ掛かったのを、またある時は草むらに埋まり漂うのを…。だが、どれを手にしても『力を得て強くなりたい』とか『あの方と何度生まれ変わっても結ばれたい』等、奈々が欲する契約書ではなかった。
「…いくら手に取ったら契約書の力が消えて落ちるからといっても、このままじゃいつまで経っても目的の契約書に辿り着けないわ…。」
思わず奈々の口からタメ息と共に言葉が漏れる。だが、今の自分の周りにはそんな弱音を聞いてくれる存在はいない。それに自分にはやらなければならない使命がある。
「…頑張ろう。絶対に解かなければならないのだから。」
奈々は自分を突き動かすように言葉を発すると再び駆け出していった。
どれぐらい山の中を彷徨っていただろうか。山に入った時はまだ空は薄暗くなり始めた程度だったが、今では周りの風景はすっかり闇夜に変わってしまった。
「マズイわ…。足に力が入らなくなってきた…。」
力なく言葉を発する奈々の体は枝や草に触れたせいであちらこちらに擦り傷が出来ており血が滲み、ほぼ休まず歩き続けたせいで意識まで飛びそうになっている。だが、こんな状態になっても今まで手にした契約書は違うモノ達で未だに目的の契約書を手にしていなかった。
と、そんな奈々の前に高い枝に引っ掛かる2つの光りを発見する。その位置の高さに奈々は呆然とするが意を決すると木を登り始めた。
「今度こそ…!」
呪文のように気合いの言葉を口にしながら奈々は木の幹に足をかけ、しがみ付きながら登り続ける。そして数分間も時間をかけてようやく2つの光を手にする事が出来た。
「ようやく取れたわ…。…って、コレって!」
奈々が残った力を振り絞り手にした2つの光。それは一方に『決められた血の流れる狐と結婚しなければ桂川家は没落する』と書かれ、もう一方には『決められた血を引く人間と結婚しなければ狐の妖力は失われ消滅する』と書かれた2枚の契約書だった。
「ようやく見つけたわ…。」
深く安堵した奈々ははやる気持ちを抑えつつ、ゆっくりと木を降りていく。そして時間をかけ地上に降り立つと改めて手にしている契約書を見つめた。
奈々の手には2つの契約書。それはどちらも破きたいモノだったが1つの命で1枚しか破く事が出来ない。
「ゴメンね…。」
奈々は小さく呟くと片方の契約書を思い切り破いた―。
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