第55話

夕姫の力強い言葉に奈々はしばらく無言で見つめていた。

「…試験って、一体何をするんですか?」

ふと尋ねる奈々に夕姫は笑みを崩さず説明し始める。

「ふむ。試験と言っても簡単な事じゃ。私が今から全ての契約書に力を宿し放つ。力を宿された契約書は意志を持ちこの山の中を飛び回る。それらをお前は追いかけ目当ての契約書を手にしたら破けば良い。要は人間でいう『鬼ごっこ』と同じようなモノじゃ。」

「鬼ごっこ?…分かったわ。」

「だが、いくつか注意点がある。まず、お前は妖と強い繋がりが持てる体質のようだが、妖に追いかけたり契約書の場所を教えて貰う等の補助はなしじゃ。そして前にも言った通り破けるのは1枚だけじゃ。その辺も理解しておるな?」

夕姫の問いに奈々は無言で頷く。その力の籠った瞳に夕姫もまた頷くと、ゆっくりと歩き契約書の木に近付く。そして夕姫は白く長き指で木に触れると呪文を唱えた。

「―『契約書よ。我が力を受け命を宿せ!』」

すると、夕姫の呪文を受けた全ての契約書が光り始める。光りは段々と強くなり奈々は思わず目を閉じる。そして一瞬の間の後、再び奈々が目を開くと自分達の周りに火の玉となった契約書が漂っていた。

(何だか蛍みたいで綺麗…。)

自分達を囲む黄金色の光りに奈々は思わず目を奪われる。と、そんな奈々の姿に夕姫は歩く咳払いをし強く言い放った。

「…では、試験を始める!契約書達よ、散るが良い!」

そんな夕姫の言葉を受け契約書達は四方へと飛び散る。そして改めて気合いを入れた奈々も後を追いかけるように飛び出すのだった。

 奈々が飛び出した後、夕姫はその場で1人佇んでいた。時々通り抜ける風に金色の髪をなびかせながら奈々が飛び出していった方向を見つめる。と、そんな夕姫の背後に何者かが姿を現した。

「…いよいよ試験を開始したようですね?」

「うむ。」

夕姫は振り返らず言葉を返す。その様子にタメ息をつきながら黒い着物の狐男は言葉を続ける。

「…しかし彼女はこの試験に耐えられるのでしょうか?力があるとはいえ人間ですし…。それに彼女がどちらを選ぶのか夕姫様は分かっているのですか?もし怜様の命が消えてしまったら…。」

「その時はその時じゃ。もし今選ばれなくても意志だけは後世の者が引き継いでくれる。…それが先人達の『想い』なのだから。」

夕姫はそう言い、何もかも見透かしたような瞳で空を見上げていた。

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