第54話

狐男が生んだ竜巻に自分が入っている事に奈々は少し驚く。だが、確かにその風は中から外を見る事は出来ないぐらい強いが、2人の体を守るように結界が張られているおかげで不思議な安定感を保っている。奈々がその風に少しの間身を任せていると、少しずつ風が弱くなっているのを感じた。

「…っ!?一体どうしたの?」

「ご安心を…。目的地周辺に辿り着いただけですから…。」

狐男がそう言うと2人を乗せた風が地面へと接触しその動きを止めた。完全に動きが止まり地面に足が接触するのを確認すると、奈々は狐男から手を離した。何となくではあるが周りの景色や雰囲気からして『契約書の木』がある場所の近くに間違いはないようだ。周りを見渡し安心した奈々は一息つく。

 と、その時、背後で何かが崩れる音が聞こえる。音のする方へ振り返ると、そこには先程自分を送り届けてくれた狐男が膝をついていた。

「ちょっ…!大丈夫!?」

思わず奈々は狐男に駆け寄る。心なしか目が虚ろになり苦しそうにしていた。

「大丈夫です…。早く移動する為に術を使ったら…、こうなっただけですから…。少し休めれば…。私に構わず…、貴方は夕姫様の元へ…。」

「…っ!でも…!」

狐男の様子に奈々は思わず動く事を戸惑うが、少し考えると

「…分かったわ。ありがとう。」

と言って立ち上がる。そして狐男に背を向けると歩き始めた。

 草木を掻き分け山の中を歩き続ける奈々。頼れるのは『契約書の木』から発せられる気を感じ取れる己の感覚だけだ。

(えっと…、こっちね。)

奈々は精神を集中し気を感知し続ける。そしてしばらく山の中を歩き回り、ようやく『契約書の木』を見つける事が出来た。

 安心した奈々は一歩足を踏み出す。と、その瞬間、奈々の前で再び強い風が吹き起こった。

「…これは、もしかして!?」

風の強さに奈々は思わず目を閉じるが、その体は風の主の妖力を感じ取っていた。飛ばされないよう踏ん張り風の主を待つ。すると、そんな奈々の前を遂にその正体が姿を現わした。

「案外早く決心がついたようじゃのう。」

奈々の前に現れた風の正体…夕姫はそう言って笑みを浮かべる。更に奈々が頷き意志の強さを感じ取ると

「では今から…、宿命を解く為の試験を始めよう!」

と笑みを浮かべたまま力強く言い放った。

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