(第十二話)

第44話

奈々が出て行った扉をしばらく見つめる怜。その表情は穏やかでもあるが切なそうにも見える複雑なものだった。

「…これで良いんです。これで…。」

怜は今にも途切れてしまいそうな程の小さな声で呟く。まるで自分に言い聞かせるように…。とその時、再び怜に強い眠気が襲う。怜はその眠気に身を任せたまま目を閉じる。心なしか光り輝くその狐の体は透けていて月の光を通していた。

 一方、勢いよく怜の家から出た奈々は夜道を走っている。その顔は涙が滲みとても辛そうで、肩に乗るヒトツメも声をかけるのを戸惑う程だ。そんなヒトツメが見守る中、しばらく走っていた奈々は足を止める。そして息を上げながら声を出さずに涙を流していた。その姿にヒトツメは何も言わず自分の紺色の体を涙が伝う奈々の頬に擦りつける。不思議な柔らかさをした毛の感触に、奈々の心はほんの少しだけ癒される。結局、そのままヒトツメの体で涙を拭い続ける奈々なのだった。

 一通りヒトツメの体で涙を拭っていた奈々。その目は赤くなっていたが、いつの間にか涙は止まっていた。

「…大丈夫でやんすか?奈々さん。」

「…ええ。何とかね。…ありがとうヒトツメ。」

必死にいつもの表情を作ろうとする奈々。だが、どんなに頑張って作ろうとしてもその表情はどこか暗くヒトツメは更に心配にさせていた。

 それでもヒトツメはあまり触れないように奈々に尋ねる。

「ちょっと遅くなったでやんすね。このまま家に帰ろうでやんす!」

「…ヒトツメ。もう一ヶ所行きたい所があるんだけれど…。良いかしら?」

「行きたい所?それって…。」

ヒトツメの言葉に奈々は頷く。

「そう…。怜が言っていた契約の葉が付いている木の場所よ。」

「やっぱりでやんすか…。」

奈々の言葉にヒトツメは小さくタメ息をつく。それでも奈々は真剣な表情で言葉を続けた。

「怜の言葉を確かめたいし。それに行く必要があると思うからさ。まぁ、ここからは大分遠いだろうから下手したら朝になるかもしれないけれどさ。でも私は…。」

「…分かったでやんす。一緒に行こうでやんす!」

ヒトツメは少し呆れつつも自分が従うその女性の意見に同意する。そんなヒトツメに嬉しくなった奈々は優しく触れると、しばらくの間優しく撫でていた。

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