第43話

胸の中に広がる不安を押し殺し怜を見つめる奈々。その胸中に気付いているのか、怜も苦しみながら表情を変えず奈々を見つめる。そしてしばしの沈黙の後、怜は重い空気を変えるように言った。

「そう言えばさっき僕が渡した手紙の事を口にしてましたけど…。ちゃんと見てくれたんですね?ありがとうございます。」

「…っ!それは貴方が手紙をわざわざヒトツメに渡したからでしょう?あれじゃあ受け取らなきゃいけないじゃない!…それに手紙の内容も気にはなったし…。」

やや目を泳がせながら答える奈々の姿に怜は温かく見守る。だが口調は冷静なまま言葉を続けた。

「では手紙に書いてあった内容も覚えてますよね?契約書の葉が付いた木の事も…。その中に桂川さんの家の事が書かれていたのも見つけましたから、それを破棄できればきっと…。」

怜の言葉を奈々は戸惑いの表情で見つめている。すると、それに再び気付いた怜は不思議そうにする。

「どうしましたか?…あっ、もしかして僕の言葉はまだ信用されてないですかね?」

あえて自分が犯した過去の事を蒸し返すように尋ねる。だが、そんな怜の言葉と態度に奈々は首を横に振った。

「…いいえ。そうじゃないわ。確かに過去の事は今でも思い出したら腹が立つ。だってどんな形にしても私に嘘ついた事には変わりはないんだし。でも…。」

奈々は改めて怜を見つめる。

「でも…。今は貴方が真実を私に伝えようとしているのが分かるわ。現に貴方は力を弱めながらも私に手紙を書いてくれたんだし。だからこそ…。」

膝に乗せた手を握り締め震える体で奈々は叫ぶように言った。

「だからこそ…。私は貴方が心配なの。このまま消えそうだから…。…そんな貴方を放置してまで自分の望みを叶えようとするのは正直言って嫌なの!」

奈々の悲痛な言葉が沈黙とした部屋の中に響く。初めて見せる奈々の様子にヒトツメも心配そうな表情で見つめる。だが怜は穏やかな口調のまま奈々の言葉に答えた。

「…そんな事は気にしないで下さい。だって僕1人が消えたくらいでは桂川さんの人生にはさほど影響しませんし。何より桂川さんにとっては家を救う事の方が重要でしょう?だから桂川さんは契約を破棄する事だけを考えて下さい。そして幸せになって下さい。」

怜の真っ直ぐな言葉に奈々は何も言えなくなる。結局、何も言い返せないまま怜の家を出て行くのだった―。

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