第32話
「で…、これから私をどうするつもり?誘惑でもするの?」
奈々は嫌味たっぷりに怜へ尋ねる。だが当の怜は表情を変えずに
「そんな事はしません。」
と言った。その言葉に奈々の心は再び怒りが込み上げてくる。
(一体、どういうつもりなの?自分は何もしなくても人間の女は簡単に釣れると思っているの!?)
再び沸き起こる怒りの感情。それをぶつけるように奈々は怜に対して冷たく言い放つ。
「もういい…。貴方が…狐達がどういう存在なのかは十分理解したわ。ここまで人を騙せれるなんて立派よね。…でも私はもう騙されない。桂川家も自分の身も守ってみせる。嘘つきの存在である狐の力なんて絶対に頼らない!」
そう言うと奈々は怜に背を向ける。そして
「もう私を…妖から守ろうとかしないで。…優しくしないで。」
と言うと勢いよく駆け出す。その瞬間、
「桂川さん!待っ…!」
と背後で怜の声が聞こえた気がした。だが奈々は一度も振り返らずに公園から出て行く。
(何よ!私は貴方の優しさが嬉しかったのに…。私にとって大切な存在になり始めていたのに…!)
走り去る奈々の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。それは怜に対して気持ちが少しずつ揺らぎ始めていた何よりの証拠だった。それでも傷付けられた奈々の心はその想いを封印しようとしていた。
一方の怜は、一人公園で佇んでいた。その胸には奈々に対する懺悔の想いで一杯になっている。
(奈々さん…。本当にゴメンなさい。)
怜は沈んだ表情のまま足を踏み出す。と、その瞬間、めまいがし倒れそうになる。それでも足を何とか踏ん張り持ち堪えた。
(まだ奈々さんの為にやらなければいけない事があるんだ!)
改めて強く決意すると会社に向かって歩きだす。そんな怜の決意に水を注すように空はいつの間にか小雨が降り始めていた。
それから奈々と怜の間の空気は一変した。仕事中でも言葉を交わさず目も合わせない。そんな2人の間に漂う重い空気に他の社員も気付き始める。
ある日、奈々とよく話す茶髪の女性社員が勇気を出して尋ねた。
「あの~。最近、夕顔さんと何かありましたか?その~、空気が重いというか…。」
「…別に何にもないわよ!」
思わず強く答える奈々に女性社員の体がビクッとなる。その反応に気付いた奈々は小さく咳払いをして
「驚かせてゴメンね。でも別に大した事ないわ。本当よ。」
と優しく言葉を付け加えるのだった―。
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