第29話

奈々が決意を新たにしている頃。辺りが闇に包まれている山の中に夕姫と怜は居た。その空気はとても重く、あの狐男や他の妖までもが遠くから見守る事しか出来ない。

 そんな重い空気が流れる中、夕姫から口を開いた。

「お前…。あの娘に自分が現れた本当の理由を言わなかったそうだな?確かに言わない方が自然と近付く事が出来ると思うが…。一体どういうつもりなのだ?」

「・・・。」

少し厳しい口調で怜に問いかける夕姫。だが、当の怜は何も答えず夕姫を見つめるだけ。しかも、何も言わないまま夕姫に背を向け歩き始める。その姿に夕姫はタメ息をつき

「このまま契約通りに事が進まなかったら…。お前の身がどうなるのか分かっているだろう?」

と背中越しに言う。すると、歩いていた怜はその足を止める。そして

「分かってはいます。それでも僕は僕なりに彼女を守ると決めたのです。…例えそれが貴方の望む結果にならなくてもね。」

と呟き再び歩き始める。そしてその姿はいつの間にか闇の中へと消えていった。

 残された夕姫は怜の言葉を受け1人頭を抱えていた。

「まったく、アイツときたら…。一体何を考えているのだ?契約通りに進めなければ誰も幸せにはなれないのに…。」

そう言いながら夕姫は考えを巡らせていた。と、そんな夕姫の頭の中に1つの仮説が浮かび上がる。

「・・・!もしかしてアイツが娘を守る為に行おうとしているのは、あの方法ではないか!?だが、まだ気が付いてないはずなのだが…。もし気付いたら…。」

その考えが思い付いた瞬間、夕姫の表情が暗くなる。そして再び頭を抱え込むと

「馬鹿な奴だ…。自分の身を引き換えにしようとしてるだなんて…。」

と呟く。だが、既に当の者はおらず、闇に吸い込まれるように夕姫の発した言葉は消えてしまった。

 一方、夕姫と別れた怜は1人山の中を歩いていた。と、突然足の力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。

(まだだ…。まだ彼女を救う為には時間が必要なんだ。だから、まだ消える訳にはいかない…!)

しばらくその場で体を休め呼吸を整える。そして立ち上がると再び歩き始める。だが、心なしかその表情は苦しそうで体からは生気が抜け始めている気がした―。

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