第28話

「…では、私はここで失礼します。気を付けてお帰り下さい。」

狐男はそう言い残すと奈々をいつもの道に置いて姿を消していった。一方、残された奈々は重い足取りのまま1人歩いていた。思う事はただ1つ、怜の事だけだった。

(どうして自分の正体を言わなかったの?私の事をどういう想いで見ていたの?騙したかったの?)

考えれば考えるだけ、その足は重くなり周りのモノが見えなくなってくる。遂には迎えに来たヒトツメの事も気付けない程になっていた。

 「…ん、奈々さん!」

突然、耳元で声が聞こえ奈々の体がビクッと動く。どうやら考え込み過ぎてヒトツメが話しかけても無視し、肩に乗っても気付かなかったようだ。

「あっ、ゴメンね。ヒトツメ。考え事していてアンタに気付けれなくて…。」

「それは構わないでやんすが…。大丈夫でやんすか?何やら顔が思い詰めていたでやんすよ?この前の男が妖達を追い払ってくれたから平気だったみたいでやんすけれど、こんな状態では絡まれてしまうでやんすよ?」

自分の存在に気付かなかった奈々に対し、ヒトツメは心配そうに顔を覗き込む。その姿に奈々の胸は熱くなる。

「ありがとう、ヒトツメ。いつも気遣ってくれて。…アンタは妖怪だけど純粋で優しい子だね。」

奈々はそう言うとヒトツメを肩から降ろす。そして意外と柔らかい紺色の体毛を優しく撫でた。その撫で方が気持ち良いのかヒトツメは大きな瞳を閉じうっとりしている。と、一通り撫でて貰い満足したヒトツメは再び奈々の肩に飛び乗る。

「…何があったか分からないでやんすが、あっしは初めて会った時から奈々さんの味方でやんす。例えこれから先、色んな事が起きてもそれは変わらないでやんす!」

真っ直ぐに自分の想いを言うヒトツメに奈々の表情は少し明るくなる。そして自宅へと戻る道中で

(とりあえず明日になったら怜に色々と聞いてみよう。どういうつもりで私に近付いたのかハッキリと聞きたい。)

と改めて決意するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る