19曲目 不器用

 一番にレッスン室についた和哉は目を丸くした。

「やっぱいり一番来ると思った」

「プロデューサー」

 多喜が歌詞ノートを広げていた。一番に来たと思っていた和哉が予想外の先客に手持ち無沙汰なまま入り口で立っていると、多喜は自身の前の席を指さした。

「ちょっと聞きたいことあるんだよね。いいかな」

「聞きたいこと?」

「うん」

 和哉は首を傾げながら素直に多喜の前に座った。

「和哉君さ、スターラビットになった理由、何かをやり遂げたいって言っていたけど、他の理由もあるでしょ?」

「えっ」

 単刀直入に問われて和哉は身を固くした。

「何でそう思うわけ」

「何となくそうなのかなって自己紹介の時に思ったんだ。練習している所とか見ると、私的には和哉君が一番メンバーのこと好きなイメージがあるから」

 多喜の言葉に和哉は顔を赤くした。

「話してくれるなら話してほしくて。和哉君、口数は少ないけどスターラビットのこと楽しんでくれているのはわかるから。ダンス中も微笑んでいるの知っているし。ただ、表情管理苦手そうだから不器用なのかなって思ったけど」

「マジ、何でもわかるのかよ、プロデューサーは」

 和哉は参ったように苦笑した。

「その、俺がさ、アイドルをやろうと思ったのは」

 和哉は言いにくそうに顔を赤くしながら視線を泳がせた。多喜は急かすことなく、和哉が話してくれるように黙って和哉の言葉を待った。

「と、友達が欲しかったからなんだ」

「友達?」

「あぁ、俺、昔から天邪鬼っていうか素直になれなくて。友達とか全然いなかったんだ。そんな時、アイドルを見て年齢関係なしに仲良く支え合っているのが羨ましくて、それで、俺もアイドルになれればそんな仲間に巡り合えるかなって。ごめん」

 和哉は申し訳なさそうに俯いた。

「どうして謝んのよ」

「だって、他のメンバーと違って不純だろ、動機が。友達が欲しいからなんてさ」

「そんなことないと思うよ。だって、今スターラビットで楽しいでしょ?」

「・・・・・・めちゃくちゃ楽しい」

 和哉は柔らかく微笑んだ。その笑顔を見て、多喜は頷いた。

「なら、やっぱり和哉君はスターラビットに必要だよ」

「ありがとう、プロデューサー。俺ちょっと安心したわ」

「でもさ、和哉君、最近素直に気持ちを伝えようと思っている感じがするんだよね。違う?」

「マジかよ、それも正解だわ」

「育君と蓮太郎君の影響かもね」

「うん、アイツら素直だから」

 自分の感情を、特に好意ははっきり口に出し、常に笑顔の二人に和哉は癒されながらも、自分も変わろうと思っていた。誰からも好かれる素直さが羨ましかった。

「本当はファンの子達にありがとうって伝えたいんだ。ほら、俺はファンサが下手くそだろ?」

「あー、まぁ、確かに否定はできないな」

 まだ数少ないがショッピングモールで行われたイベントで披露した時、和哉はキレキレなダンスと歌でファンを魅了しているものの、ファンに対する接し方はメンバーで一番下手だった。推しカメラでも他のメンバーに比べて自分は塩対応なのではないかと一人で反省していることもあった。

「育なんてめちゃくちゃファンサ上手いじゃん。目線も全方位に向けてやるし、表情もコロコロ変わるし。俺はそれすげぇと思う」

「素直にファンに笑顔を向けたいっていう思いはあるの?」

「それは、あるよ。俺なんかを応援してくれているんだから」

「よし、じゃ、チャンスをあげるよ」

 多喜は微笑んだ。その微笑みの意図が和哉にはわからなかった。

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