16曲目 表現力

 年下組の受験もありつつ、一回戦に向けたレッスンは順調に進んで行った。しかし、大貴には一つ悩みがあった。

「プロデューサー、一ついいかな?」

「う、うん、どうしたの?」

 レッスンの休憩中、レッスンを見学しつつ次の曲を制作していた多喜に大貴は真剣な面持ちで声をかけた。珍しい大貴の表情に多喜はペンを置いて、隣に座るよう促した。

「表現力って何だろうって最近思うんだ」

「表現力?」

「今回の曲、恋愛がテーマだけど歌詞を読んで俺が感じたのは片想いを隠したい気持ちだったんだ。今の関係を壊したくなくて片想いだってバレないように接しているけど近くにいるから気持ちは大きくなっちゃって、それを隠すようにしている感じ。でも、最後にはその想いを手放すことにした。それですっきりしてまた、この気持ちと巡り合えるようにってなった曲だと思った」

「うん、私も大体そんな思いで書いた」

「それをどう表現すればいいかわからない」

「表現は出来ていると思っていたよ。だって、カレイさんも田口さんもオッケーだしているし。でも、大貴君が納得していないのだとしたら、主にどんなところか教えてほしい。これは大貴君の話を聞いて思いついた曲だから、その当時の気持ちを表現できたらって私は思ったんだけど」

「正直、当時の俺の感情はこんな綺麗なものばかりじゃなかったんだ。当時その子と付き合っていた奴と別れろって思ったこともある。こんな片想い、なくなればいいって疲れ切った時もある。何でこんなに苦しいんだってむかついた時もある。でも、それを曲中に出すと曲のイメージとかけ離れている気がして」

 高校二年生の時、大貴は運命的な出会いをした。そう表現してもそれが過剰だとは思わないくらい心から人を好きになった。隣の席に座ったきっかけから友達になるまで距離を詰め、これが青春かと思うほどに片想いを謳歌していた。しかし、始めはそれだけで満足していたのに徐々に嫉妬や苦しみなど負の感情が大貴に着いてくるようになった。嬉しさと悔しさ、嬉しさともどかしさ、いつだってプラスな感情を表現する言葉は嬉しいだけなのに、マイナスな感情はたくさんあるのだ。それに耐えられなくなって、ついに大貴は必死に掴んだ距離を置いたのだ。友達だった大貴に距離を置かれた片想いの相手は勿論大貴に理由を尋ねたが、大貴はそれ以上何も言わなかった。次第に離れていく距離とは対照的に離れて行かない恋心に決別するために大貴は恋を諦め、小さい頃の夢を叶えていく決意をした。

「今はスターラビットとして、皆と頂点を目指すっていう目標ができたから、その気持ちは吹っ切れたよ。でも、いざ表現するとなるとあの当時を思い出すにはマイナスな感情が邪魔になる」

「大貴君さ、私はそのマイナスな感情も出して良いと思うけど」

「えっ」

「確かに歌詞に込めた思いは大貴君が感じてくれた通りだよ。でも、ちょっと違うんだ。この曲はただ大きな思いを隠していたいって曲じゃない。隠したいのに伝わってほしい、でも伝わってほしくないっていう矛盾な葛藤との戦いでもあるんだ。最後、伝えたか伝えてないかはわからない。でも、少なくともどんな結果だったとしても、その恋に区切りをつけたことは確かだから。私が大貴君をセンターに選んだのは、大貴君のその感情がそのまま歌に出せたらなって思ったからだよ。アイドルだから、笑顔とか優しい表現ばかりをするってわけじゃない。アイドルだって人間だから、色んな顔を見せたっていいんだよ。大貴君は最初から表情がアイドルとして綺麗だから、今回も恋する男の子って感じがしてとてもいいけど、その負の感情をだしても皆ががっかりすることはないよ」

「この感情は無駄じゃないの?」

「無駄じゃないよ。むしろ見たい」

 多喜がそう微笑むと大貴は目を見開いた。

「驚いたよ。アイドルってそういう気持ちは出さないと思っていた。そりゃ、曲のコンセプトによってはダークとか、悪い顔とかはあると思っていたけど、これに関しては本当に俺の中の黒い感情なのに」

「そりゃ、笑顔とか明るい顔の方が楽しいかもしれないけど、いいんじゃないのかな。私の持論だけど」

「そっか、ありがとう、プロデューサー。俺、やってみる」

 大貴は何かを吹っ切ったような顔で笑った。いつもの大貴に戻ったことで多喜はまた笑い返した。

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