第52話
確かに15年前のあのリレーは僅差で九条が勝った。あの走りづらい袴でアンカーに回ってくる前にかなり差を付けられていたけれど、九条がぶっちぎったんだっけ。俊足で知られる嵯峨野くんも追い越して、白いテープを破ったのは九条だった。
「ねぇ、九条……」
九条を覗き込むように体を起こすと
「ごめん……今、お前の顔見れねー」とぶっきらぼうに返事が返ってきて
何で……大事なことでしょ?ちゃんと顔見て言ってよ。
九条の考えてたこと、今考えてること―――言ってよ。
九条は布団を引き上げると顔を隠すようにして
「もう遅いし、寝ようぜ」と言って布団の中からくぐもった声を出す。布団からちょっと出た耳にぶら下がったピアスだけが暗闇の中鈍い光を讃えていた。
九条は―――いつも大事な何かを言ってくれない。
ううん、本当はストレートに言ってくれてたのかもしれないけれど、それに気づかないフリをしていたのは私の方なのかも。
好き、だから。
だからこそ……素直になれないのは昔からなのか、それとも歳を重ねれば重ねる程”臆病”と言う二文字が私の中を満たしていくのか、
今だって怖い。
九条の気持ちを知ってしまったら、関係が崩れる、とかそんなちっぽけなもの気にしてる場合じゃないんじゃないの?
今、私が勇気を出してこの距離を縮められれば、私たちは―――
いや、
でも、それだけはできない。やっぱり怖い。
私は私が都合の良いように考えてるだけで、九条が私のこと好きなんてそんなことないよ。勘違いしてイタイ女だと思われるのも痛い目に合うのもゴメンだ。
やっぱり私には恋愛は向いてないみたい。こんなんだから結婚なんてもっと無理。
陸ちゃんにも、近いうちちゃんと会って断らないと―――
ん……?
ぎゅっと閉じた目をぱっと開いた。それは閃きと言うのとはちょっと違うけれど、九条の前の店に届いたあの写真、私と九条が買い物してる写真―――陸ちゃんは私の家を知ってる。帰りに寄るコンビニだって彼は知ってる。
”仁科 陽妃と別れろ”
あの言葉は九条に当てられたものではなく、私に向けてのメッセージだったら―――?
私は思わず口元を覆った。
陸ちゃん―――?
違うよね。
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