第9話
「良い知らせがあるんだ」
少年部長は相変わらず呪術書下巻を解読しようとオカ研に足を運んでいた私と朋美に、部室へと這入るや否やそう告げた。
「なにそれ。大したことじゃなかったら呪うから」
朋美は期待値ゼロみたいで、はいはいと交わすけれど、構わず少年部長は続ける。
「実はね、君にかけられた呪いの期限は今日いっぱいなんだよ」
「……は? どういうこと?」
食指が動いたのか、朋美は彼に向き直り、詳しい説明を求める。
「ええと、どこから説明したらいいんだろ……実はあの魔術書はもう一冊あるんだ」
「もう一冊って……中巻ってこと?」
「いや、あれらとは趣を異にするものなんだ。まぁ簡単に言うと、上下巻ある『魔術書』に対しての『説明書』みたいなものかな。それにはこう書いてある。『魔術が完成するまでの期間は十四日間』とね。この期間を過ぎてしまえば、一度中途半端にかけられた相手は、この呪術に関しては二度とかかることはないそうだよ。まぁ
「……ほんと?」
「もちろん」
そう言って、手にしていた手帳程の大きさのノートを朋美に手渡す。
「それも門外不出、持ち出し厳禁だからここでのみ閲覧してもらいたいんだけど、間違いなくうちの部に代々伝わる『魔術書』の一部なんだよ」
恐る恐る頁を捲る朋美の横から覗き込むと、そこにはあのヘンテコな記号ではなく、普通の、中学生女子っぽい字で説明書きがなされている。
確かに彼の言う通り、呪いの期限を始め、注意事項がいくつも書かれていて、一度この呪いから逃れた者は二度と対象になることはないとの旨も記載されていた。
中学生が考えた設定としてはなかなか詳細まで考えられているなぁとも思うけれど、そもそも普通の中学生が考えた魔術で人を殺したり危害を加えることができるほうがおかしいというもので、一体この三神某という元少女はどんな特殊能力を持って生まれてきたのだろうと気になってくる。
「……じゃあ、私は助かるの?」
それでもまだ不安気な朋美に、「ああ」と強く頷く少年部長。
「下巻がここにある以上、君に呪いをかけた人物がこの魔術を完成させることは不可能だ。仮に今夜泥棒に入ったとしても、一朝一夕でできるような内容でもないだろうしね、あの文章の多さからしても。もちろん本の解読が完全にできていない僕が断言するのは憚られるところはあるけれど、それでも君が勝ったのは間違いない」
朋美の口角が僅かに上がったのを見て、少年部長の言葉に信頼を置いているんだなとちょっと意外だったけれど、確かに死ぬかもしれなかった命が助かると聞けば、大して仲の良くない相手であっても、助かる根拠を聞かされれば破顔もするというものだろう。
「因みに朋美、今あの手形はどこまで来てるの?」
「肋骨のちょっと上くらいかな。あと二つ位で心臓に届く――」
想像したら恐怖心が増したのか、再び表情に影が差すけれど、
「ギリギリだけど、間に合ってよかったよ」と少年部長のフォローが入り、朋美も何とか持ち直す。
「そういうわけで、とりあえずこの魔術書下巻は読み解く必要がなくなった。正直僕もあまり部外者の目に晒したくないというのもあったしね。これでお互い胸のつかえが取れたというか、憂いがなくなったみたいでほんとによかったよ」
言いながら少年部長は金庫のダイヤルを回し、説明書も一緒に中に保管する。
「もしよかったら明日も部室においでよ。無事を祝ってジュースの乾杯位なら付き合うからさ」
こくりと頷き、それ以上口を開くことなく朋美は部室を後にする。
やれやれ、これで朋美の命は救われたということなのかなと、私も部室を出ていく。
静かな廊下は、嵐の前の静けさに感じられた。
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