第7話

 お祓いに行くという案は却下になった。


 朋美がインターネットでその後も色々調べたらしいけれど、これといった有益情報は得られず、三神なにがしの家に行って家族を問い詰めてみようかという案も出たのだけれど、現実的ではなさ過ぎるし、いきなり彼女の遺族と連絡が取りたいんですと教師達に告げても、この個人情報に厳しい世の中、易々と教えてくれるとも思えない。


 三神某がここの卒業生だからといって、在校生に気軽に住所や連絡先を教えてしまっては、学校側が良くとも家族は許さないだろうし、普通に考えて迷惑だろう。


 朋美と違い、私はちゃんと他人の迷惑に感じるであろう行為が分かっているのだ。


「何にもしないよりはマシでしょ」


 という私の提案は、もう一度、あの禁書とも言うべき呪術の下巻を読み、呪いを解くヒントを探ろうというもので、現状に思考がついていかず、狼狽するばかりの朋美は一も二もなくそれに従った。


 当然のように授業中は上の空だったし、生気の抜けた顔を六時間維持した朋美は、六つの授業全てでシャーペンの芯を出したり引っ込めたりしていたのが何だか面白かった。


「さて」


 少年部長同伴の元、放課後に私達は再度、呪術本の検証に入る。


 再度とはいっても、最初に見た時は検証などする暇もなかったというか、存在を知らしめただけで、特に朋美はそんな本が実在することに驚くばかりだったので、内容を碌に見てもいなかっただろうから、今回が初見みたいなものなのかもしれない。


「……見たこともない言葉が並んでるね」


 明らかに筆者の造語だと思われる文字が並び、一見どころか二目三目見ても、なにが書かれているのかを看破するのは時間がかかるだろう。


「三角とか四角に線が引かれてたり、点がついてたり……法則性があるのかも怪しい気がするんだけど」

「多分あれだね、この本の制作者である三神某は、文字通り中二病ってやつだったのかもね」


 ああ、書いたのは中三だったっけ。でもまぁ中二から書き溜めていたのかも知れないし、早ければ小学生の時分から自分だけが分かる言葉を作り出していたのかもしれない。


「あぁ~読めば読むほど分かんないよこれ……。絶対適当に書いてるよ」

「……」


 頭を抱える朋美は地頭が良くないこともあってか、理解できないと問題に直面するとすぐに投げ出す癖があって、その様を見ていた少年部長はクスクス笑っている。


「……ていうかさ、笑ってるけどさ、部長は分かるの? これ」

「ん~、少しだけなら」

「え! 嘘、凄い!」


 手放しで褒める朋美だったけれど、じゃあなんでもっと早く教えてくれないんだよと部長の鳩尾みぞおちに飛び蹴りをするけれど、その時にスカートが捲れてパンツが見えていたのはきっと私の角度からだけじゃなくて、蹴られた部長本人も見えていたはずだから、彼も蹴られ損ではないと思う。


「ゲホ……でも、分かるって言っても、ほんとちょっとだけだよ。というか、それが合ってるかどうかも怪しいし」

「でもそれなりに整合性? みたいなものがあるんでしょ? じゃあ教えてよ、早く」


 昨日、私に電話してきた時よりは多少元気が戻ったように見える朋美だったけれど、それでも空元気というか、やっぱり無理しているようにも見えて、こうでもしてないとやってられないという意気込みみたいなものも感じなくもない。


「これは記号のひとつひとつが平仮名一文字を表しているんだよ」


 地べたに座る私の隣にしゃがみ込んだ少年部長は、魔法陣をなぞるようにして、紙面に指を這わせる。


「なんで?」


 喰い気味で問う朋美に少年部長は嫌な顔ひとつせず、丁寧に教える。


「そもそもの大前提として、これは中学生が書いたものだ。高名な魔術師が扱うような複雑な文字を使えるとは思えないし、当然ネットでも調べたけれど、こんな文字は存在しないみたいだった」

「ふうん」


 私達はまだこの暗号っぽい記号をネットで検索なんてしてなかったけれど、どうやって調べたのか、とりあえず世の中でこの文字の意味を理解している人間は今のところいないようだ。


「あとは――そうだね、たとえば記号の数の多さ。ざっと見でも三十種類以上あるよね? 全く新しい言語を中学生が産み出したと考えるよりは、既存の言語を自分なりの文字列に変換してみせたというほうが現実味がある。そうなれば、一番可能性として高いのが平仮名をそのまま記号と入れ替えた文章だという想像が着く。あくまでも想像だけどね」


「でもさ、漢字がないとは言い切れないんじゃない?」

「そうだね。だけど、平仮名は五十個しかないのに対して、漢字ともなると、無限とは言わないまでもとんでもない数が存在するんだよ。筆跡や装丁からしても三神さんはかなりの几帳面な性格だったと思われるし、完璧主義者だったんじゃないかな。だとすれば、中途半端に使用する漢字だけは記号を考えて、他はいいやとはならなかった気がするんだ」


 彼の推測はそれなりに的を射ているような気もするけれど、会ったこともない人間の性格なんて分かり様がない。あくまでもこの本――というよりノートに書かれた手記だけれど、これしか手がかりはないのだから、この『魔術書』から読み取るしかないのだけれど。


「ここからはもっと適当な当て推量になってしまうけど――この三角の中に丸が書かれた記号、これは平仮名の『は』に該当すると思う」

「なんで?」

「この本の文章は記号だらけだけど、何故か読点はちゃんと付けられているでしょ。その読点の前に、かなりの頻度で登場している記号だからさ。『何々は』って言葉、結構使われるでしょ?」


 ふむ。そう言われればそういう気もしてきた。


「は~、淳子分かる? この人の言ってる意味。私全然ついてけない」

「……うーん」


 少年部長の言う通り、これが平仮名を示しているのだとすると、これはパズルゲームになってしまう。


 丸三角四角に点や棒を組み合わせた幾通りもの記号が、意味のある文章になっているのは間違いない。そして仮に、さっき少年部長が言った『は』が三角の中の丸とイコールなのであれば、下地の書き込まれたフレームの中に、パズルのピースを当て嵌めていくような作業をコツコツとしていく必要がある。


「……私も分かんないかな」


 これを読み解くのは少し時間がかかってしまいそうだ。朋美に遺された時間があとどれ位あるのかは分からないけれど、それより早く解くことができるだろうかは微妙な気がする。


「流石の淳子でもすぐには無理かぁ。意外と淳子はこういうの得意なんだけどね」


 三神某程ではないにしても、私もそれなりに完璧主義者を自負しているところがあって、中途半端が何よりも嫌いなのだ。

 誰かさんみたいに一文字分かった程度で自慢気に説明しようとは思わない。


「ま、とりあえず今日はここまでにしようか。誰かに盗まれでもしたら大変だからね。あんまり長時間金庫の外に出しておきたくないんだよ」


 ――ただでさえ上巻は盗まれてしまったんだからね。


 そう言って少年部長は本を金庫にしまい、私達を追い払う。


「また明日来なよ」

「当たり前でしょ、命懸かってんだから」


 感謝も告げずにのしのしと廊下を闊歩して行ってしまう朋美の背を見ながら、やっぱりこの女は逞しいというか、図々しいというか、図太い奴だなぁと改めて思い知らされた私は肩を竦め、やれやれ、あと数日間はやること多いなぁと辟易しつつ、人気ひとけのない廊下を歩きながら大きめの溜め息を吐いた。

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