第6話
「助けて……」
朋美から泣きながら電話がかかってきたのは深夜二時ちょうどで、
「何を助けたらいいの?」
当然の疑問を口にした私に、朋美は数秒間沈黙して、「もう、ヤバいかも……」と啜り泣き出した。
「だからヤバいじゃ分かんないってば。風邪じゃないの? 悪化した?」
「……違う……違う違う違う違う! 風邪なんかじゃない! 呪いだよ! これ、ヤバ――」
ゲホッゲホと咳き込みながら、朋美は泣き言を言う。
「もう死んじゃうよ……」
「お祓い行く? この時間やってるのかな」
先日行ったお寺の住職は如何にも信用できない生臭坊主だったし、現にこうやってお祓いの効果なく苦しみが続いているのだから、あそこに行っても無意味だと思うけれど、この辺には他にお祓いをしてくれそうな場所はないし、気休めでもいいなら、というか本人が納得するならもう一回あそこで見てもらったほうがいいのかも。
「……淳子、私、怖いよ」
「うん。でもしょうがないよ。呪われちゃったんだから」
今更怖がってても後の祭りだ。呪われた経験のない私からできるアドバイスなどたかが知れているし、魔術を作って死んでしまった魔女中学生ならまだしも、一介の中学生に過ぎない私がかけてあげられる言葉などもうないんじゃないかな。
「淳子、傍にいてよ……ひとりじゃ、怖いよ」
「あの頭の悪そうな親はいないの?」
「お母さんは同窓会があるからって福井に帰っちゃってるの……。お父さんはいるけど、凄いお酒飲んで帰って来たみたいで、全く起きる気配がないし――」
親なんて肝心な時に役立たずなものだなって言ったら可哀想なのかな。でも、娘がこれだけ苦しんでいるのに家を空けたり泥酔して熟睡できるような両親の元に産まれなくて良かったなと思いかけたけれど、よくよく考えてみればうちの両親だって自慢できるようなところなんて持ち合わせてないんじゃないかしらとも思うし、これ以上朋美の両親を馬鹿にしてうちの親に話題が移ってしまっては恥を掻くことになりそうだったので、私は黙った。
「……淳子? ちょっと、黙らないでよ! なんか喋っててよ」
「うーん。眠いんだよね。ごめん、少しだけ寝ていいかな」
夜は毎日十時前には寝る習慣を持っている私は、きちんと八時間睡眠を心掛けていて、夜中にトイレに起きることも滅多にないし、レムノンレムを繰り返しながら惰眠を貪ることが日課なのだけれど、こうやってイレギュラー的に眠りを妨げられるのが何よりも嫌いで、先月もお姉ちゃんが自室で首を吊っていた時はお母さんに起こされて首のロープを切ったり身体を下ろしたりする作業を深夜零時にやらされたときは、お姉ちゃんのお腹を二十回位殴った。
「ねぇ、うちに来てくれない? なんなら、私が淳子の家に行ってもいいから。お願い、ひとりじゃ怖くて……」
そう言われてもなぁ。
どっちが出向くことになっても面倒臭いけれど、うちに来てもらえば私は寝ててもいいだろうし、とりあえず入れてやれば向こうも納得するだろう。
「じゃあうちに来ていいよ」
「ほんとに……? じゃあすぐ行くね」
かくして本当にすぐに来た朋美は、我が家の玄関前でメールを三十七回送り、電話を鳴らし続けた。
「……なに?」
「なにじゃないでしょ、寝てたの?」
「そうだよ。だって夜だもん」
「……」
電話口から朋美の地団駄が聞こえてきそうだったけれど、感情を押さえた声で「家の前来たから入れて」と言われ、やれやれしょうがないなと渋々鍵を開けて招き入れる。
「ごめんね」
今更謝られてもというか謝る位なら来ないで欲しかったなだなんて言えなかったのは、パジャマ姿の朋美の顔が青白過ぎて、もうこれ死人だよねって位に青褪めていたからで、瞳孔も開いていたし、何だか魔術以前に朋美が怖いなぁって感じたからだった。
「んで、どうしたの? お化けでも見た?」
「……」
私の部屋に入ってから未だ一度も口を開いていない朋美に問い掛けると、徐に腰の辺りに手を移動させて、パジャマの裾を捲り上げる朋美の真意が分かるまでに三秒はかからなかった。
「……こんなん、できちゃった」
涙目で声を震わせる朋美の腹部には、赤ちゃん位の小さな手の痣みたいな痕が幾つかあって、どうやらそれは背中から続いているようだった。
「さっき、気付いたの。夜中にお腹が痛くなって目が覚めて、何となく、ほんとに何となくパジャマ捲って見たら、こんな……」
「背中も見せて」
クルリと背を向けた朋美の
そこから脇腹を経由して、
「これ、いつからか分かんないんだよね?」
「うん。多分、最初に体調悪かった時からだと思うけど、背中の方だけだったから気付かなかったのかも」
そういうことだろう。それじゃあ後どれ位で死に至るのか、時間の計算もし難いところである。
「淳子……これってさ、やっぱり、その、これって」
「心臓狙ってるんだろうね。ルートを見るに」
真っ直ぐに向かっていない理由は不明だけれど、迂回しつつ、最も重要な臓器である心臓を最終到達地点にしているのは想像に難くない。肝臓やすい臓を痛め付けて徐々に弱らす手もあるだろうけれど、心臓さえ止めてしまえばこっちのものなのだから、朋美の命が目的だとすれば、態々そんな手間をかける必要もないだろう。こっちのものというのもどっちのものなのかは分からないけれど。
「とにかく、これはかなり進行してる感じだね。でも多分、今日明日に心臓まで行くことはなさそうだよ」
「な、なんでそんなことが分かるの?」
「だってさっき気付いたんでしょ? お風呂入った時も着替える時も気付かなくて。だったら、少なくともその位置まで進んでるのは今日か、早くても昨日の段階だと思うし、体調悪くなってから一週間以上経ってることから考えれば、短くても三日以上は猶予があるんじゃないかな」
私の適当な推理に希望的観測を見い出したのか、朋美は目を輝かせる。
「そ、そうだよね! まだ私死なないよね!」
「多分だけどね。でも解決策がないのも事実だし、このままじゃ確実にお陀仏だね」
「ど、どうしよう。どうすればいいの?」
「さぁ。私は坊主でもなければ神様でもないし、まして三神なんちゃらでもないから分かんないよ」
三神なんちゃらの遺した呪いを受けてしまっている朋美は、再び絶望感が顔を出したのか、突然泣き出す。
「なんで私がこんなことになるの……? やだよ……辛いよ……助けてよ……」
私はそれを見て早く帰ってくれないかなぁと思いながら「泊まってく?」と訊くと、朋美は嘔吐きながらコクコク頷く。
「やれやれ。それじゃあ朋美はその辺に寝ていいよ。おやすみ」
「ぐす……布団は……?」
「ないよ?」
眉根を吊り上げ「酷いよ、寝れないよ、地面は硬いよ……」とここでまた新たな泣き言を追加するので、仕方がないから私のベッドで一緒に寝ることにした。
朋美の歯軋りがうるさ過ぎて深く眠れなかった私は翌朝「おはよ、あれ、なんで私淳子んちで寝てるんだっけ」と目を擦っていた朋美の頬をビンタした。
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