第3話

「呪い解けた?」


 八時ちょうどに迎えに来た朋美は、目の下にクマができていて何だか眠そうだった。


「ん~、まだ何か辛いんだよなぁ。身体中がだるいっていうか、何か重いんだよね」

「重いんだ。誰か背中に乗ってるんじゃない?」

「ちょっとやめてよ。ほんと、精神的に結構参ってんだからさ」


 語気を強めて否定する朋美だけど、風邪じゃないなら誰かが乗っかってるって思うのは普通なんじゃないかな。


「でね、昨日調べたんだよ、ネットで」


 ここでまた突然話が飛ぶけれど、どうやら調べたというのは今の朋美の症状のことらしい。最近はインターネットで検索すると、お医者さんがアドバイスしてくれるようなサイトもあるみたいで、知りたいことがあればすぐに知ることができる便利な世の中になったらしい。


「何かね、私とおんなじ症状で苦しんでた人がいたらしいんだ」

「ふーん。それじゃあその人に訊けば解決だね」

「いやいや、それが無理なんだよ――」


――だってその人、死んじゃってるんだから。


 私より一センチだけ小さい朋美は、タタっと私の前に回り込んで、人差し指を立ててそう言った。


「私が見たのは個人のブログなんだけどね、その人の妹が私と同じ感じで、急に全身がだるくなって、病院に行っても原因不明で、それでお祓いにも行ったらしいんだけど、結局意味なくて、数週間後に突然苦しみ出したと思ったらそのまま死んじゃったんだってさ」

「あらら」


 現存する数多の病気の数々も完璧に究明されているかといえばそうでもないだろうし、突然死をして、たとえば心不全と一言で言っても、原因はひとつではないだろうし、その死んじゃった人の死因が何だったのか知らないけど、時代が時代なら、それこそ呪いで死んじゃったみたいな診断されてても不思議ではないのかな。


「いや、それがね、最近の話なの。三年前だって。しかもね、これが恐ろしいことに、埼玉の人なんだって」

「そうなんだ。でも、埼玉って言っても広いしね。あんまり関係なさそうな気もするけど」

「関係あるんだって! ブログにリンクが貼られてたからSNSも見てみたんだけど、そしたらなんとこの辺に住んでるみたいなんだよ、その人」


 私は殆どネット関係に触れないで生きている化石人なので、SNSという言葉は知っていても、実際それがどの様なものを指すのかは皆目見当もつかないし、そのSNSでどうやってこの辺に住んでいる人と特定したのかもよく分からないけれど、途轍もない偶然なんだろうなということだけは分かる。


「だからね、きっとこの地域独特の何かがあるんだろうって推理したんだけどね、そうなると段々答えが見えて来たんだ」

「答え?」

「そう」


 自信に満ち満ちた朋美の表情は凄く煌びやかで、とてもではないけれど、病人の顔とは思えない位に元気一杯だった。


「その人の妹さんは中学三年生の頃に亡くなった。で、この辺りに住んでるということは恐らくうちの中学に通ってたと思うの。でね、うちの中学で呪いに関する何かがあるんじゃないかって考えてたら、自然と辿り着いたんだ。――なんだと思う?」

「うん」

「いや、うんじゃなくて」

「分かんないもん。有名な魔法使いなんていたっけここに」

「魔法使いってなによ。アニメの見過ぎでしょ。違う違う、あるじゃんうちの学校に、他の学校にはない部活が」


 ここまでヒントを言えば分かるよね、とばかりにぎこちなくウインクした朋美には悪いけど、本当に見当がつかない私はとりあえず黙る。


「……………………」

「オカ研だってば!」

「……オカ研?」


 そんな部活あったっけ?


「まぁ、ないんだけどさ、オカ研っていう部活は。十年くらい前に天文部が乗っ取られて、今やオカルトを追い求めるオタク達の住処になってるって有名じゃん」


 そういえば、そんな背乗りみたいなことがあったなんて話を聞いたことがあるようなないような。


「で、オカ研があるからなんなの?」

「鈍過ぎでしょ! 鈍ちん過ぎでしょ!」


 話ながら歩いている内にもう学校が見えてきたけれど、朋美もそれに気付いたのか、歩くスピードを緩める。他の人に訊かれてたくない話なのかもしれない。


 声のトーンを落として、顔を近付けた朋美は、「いい?」と枕を置いて説明してくれる。


「オカルトを研究してるんだから、黒魔術だって得意なはずでしょ? きっと色んな悪魔とか、魔物とかを召喚してるはずなの。その良くない気を孕んだ悪魔達が悪さをして、私みたいな善良な市民を苦しめてるって考えるのが自然でしょ? この場合」


 うーむ。自然なのかなぁ。言い掛かりのような気もするけど。


「自然なの。この場合。間違いなく。犯人はオカ研。それは譲らない」


 譲れないものが何だかちっぽけというか、そもそも証拠も何もない状態から断定するのも凄いなと、半分馬鹿にした気持ちで「凄いね」と言うと、クマが皺で隠れる位顔をくしゃっとして嬉しそうに笑う朋美はやっぱり馬鹿っぽい。


「じゃ、決まりね。放課後だから」

「何が決まったの?」

「乗り込むんだよ。オカ研に」

「? 乗り込んで、どうするの?」

「だからぁ、証拠を押さえるんだって」

「証拠を押さえてどうするの?」

「警察に突き出す」


 まさか警察沙汰にする気だったとは。

 やっぱり朋美の言動は全て馬鹿っぽい。

 というか、間違いなく馬鹿なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る