第30話


弓削くんは慌ててお茶を飲みながら



「どうもこうも、奈津美のやつ、まだ拗ねてて口利いてくれないんですよぉ」



困ったように眉を下げる。まるで子犬の様だ。



仕事で成績はいいのに、プライベートになるとてんで弱気みたい。



「奈津美はシュークリームが好きだから、買ってあげたら?」



「それも試してみたんですけど…」と言った弓削くんの手が私のテーブルに乗せた財布を直撃した。



財布はテーブルの上を滑り、床に落ちる。



「わ!すみませんっ!」



「別にいいよ。大して高いお財布じゃないから」



財布を取ろうと弓削くんが屈みこみ、私も同じくそうした。



長財布の蓋が開いていて、中からあの





―――乗車券




が飛び出ていた。



「随分古い乗車券ですね、想い出の乗車券ですか?」弓削くんが私より早くその乗車券を取りあげ、



「あー…うん、まぁそんなとこ」と言って慌てて弓削くんからその乗車券を奪おうとしたとき、やはり弓削くんの手と触れた。



また―――あの分けのわからないどうにも言い表しにくい嫌悪が迫ってくると思いきや、



何もない。



あれ?



前回、塩原のときすごく嫌な感じだったのに…



あれは―――何かの偶然か(体調が悪かったのかな)



それでももう一度試したくて



「ねぇ塩原…」言いかけたとき



「塩原先~輩♪」



一昨日も塩原に絡んでいた経理部の可愛い子ちゃんがふわふわのスカートをひらつかせて小走りに駆け寄ってきて、私は塩原に声を掛けそびれた。


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