十
その夜、お医者様がいらっしゃって私をみたが、どこにも異常はなかったそうだ。
私はいつもより早く寝間着に着替え、布団に横になっていた。
ふと目が覚め、ふすまの方を見た。やはり少し開いていた。ふすまに近づき、縁側へ出るとあの殿方が星を眺めていた。今日は新月で、空にはまばらに散らばった星たちだけが輝いていた。
「こんばんは」
私がそう言うと、彼はこちらを見て静かに会釈した。
胸が高鳴る。ちゃんと彼はここにいる。
彼の隣に腰掛け、彼を一瞥した。彼はまた星を眺めていた。
「私って変かしら」
私はぽつりと呟いた。彼は眉を少し上げて不思議そうに私を見た。
私は苦笑するしかなかった。夢の中の人に、こんな感情を抱いてしまうなんて。
私はふと思いついた。今はただ夜中に目が覚めただけなのではないか、と。つまりこれは現実である可能性もある。夢と現実の境界線なんてないんじゃないだろうか。ここでお父さまやお母さまを彼に会わせることが出来たら、きっと信じてもらえる。
私は彼の手首を掴んだ。非常に冷たかった。
「ついてきてほしいところがあるの」
そう言うと彼は眉を下げ、ゆっくり首を左右に振った。
「じゃあ少し待っていてください。会わせたい人がいるの」
私は立ち上がり、部屋を飛び出した。暗い廊下を走るうちに足がどんどん軽くなっていく。しっかり瞬きして前を見ようとしていると、視界が見慣れた天井に変わった。
部屋を照らす太陽の光が影を作っていた。枕元を見たが、枕元にいたのはあの殿方ではなくお母様だった。
「おはよう」
「おはようございます。お母さま。どうしてここに…」
「昨日お医者様がしばらく安静になさると良いとおっしゃっていたわ。結局は学校も辞めるわけだし、学校も休みましょう」
「はい…」
そう返事するとお母さまは立ち上がった。
「でもね、お母さま。あの話は本当なのよ。昨夜もお会いしたの」
お母さまはゆっくり歪んだ顔で振り向いた。でもお母さまは何も言わず出て行った。
誰も信じることが出来ないのは当たり前のことだろう。証拠が一つもない。彼が存在していることを、彼と私が会っていることの証拠がない。
部屋で本を読んだり、空を眺めたりしたがとても退屈だった。
散歩にでも出かけようと部屋の外に出たが、近くにいた女中に
「いけません、お嬢様。お休みになられてください」
と止められた。
空には雲が暗澹と動いていた。何もすることがないので、少し横になることにした。
私が頭で考えていたのは、やはりあの殿方のことだった。
彼に会いたい。
その思いが私の胸に募っていった。
もし眠り続けていれば、彼と共に夢の中で生きられるのではないかと思ったが、そんなことは不可能だということは自明だった。
私は目を瞑り続けたが、結局何も起こらず夕食の時間となった。
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