ふと、目が覚めた。まだ真夜中で、部屋は真っ暗だった。しかし、一筋の微かな光が部屋を貫いていた。満月の光だ。


 光の先を見つめると、閉め切っていた縁側のふすまが数センチ、開いていた。いつも必ず閉め切っているはずなのに、不思議だ。虫が入ってくるといけないから、重い体を起こし、ふすまを閉めに行った。


 ふすまに手をかけた時、人の気配がした。誰かいる。恐る恐る、ふすまを開け、外を見た。


 そこには、縁側に腰掛ける殿方がいた。月を、眺めている。後ろ姿を見る限り、見知らぬ人だった。


「あの」


 気づいたら、声をかけていた。


 殿方はゆっくり振り向いた。そして、私は驚いた。その美貌に。


 貴婦人が使う扇子のような長い睫毛がゆっくり上下する。その奥に、黒く大きな目があった。高い鼻梁は、月の光で影が出来るほどだった。白い肌に、唇は薄ピンクで、可愛らしい。顔の輪郭がはっきりしており、首に影が出来ている。漆黒の髪は月夜に照らされ、つやつやと輝いている。


 嘘みたいに、美しい。その美しさに、圧倒される。


 どこか西洋の絵画から飛び出して来たような美しさだった。この世のものではないような気がした。


 でも、この人は不審者である。他人の家に上がり込んで、縁側で月見をするなんて。


「どちら様でいらっしゃいますか…?」


 声が震えてしまった。こんなに美しい人を見たことがないから、変な汗を全身にかき始めていることに気づく。


 殿方は、ゆっくり微笑んだ。その大きな目が、綺麗な曲線を描く。可愛らしい唇が、きゅっと結ばれる。私の心臓が、大きく飛び跳ねる。この人の武器は、美しさだろう。


 私は殿方の方へ歩み寄り、隣に腰掛けた。彼はまた月を眺めた。彼は何だか、かぐや姫のように見えた。


「月がお好きなのですか」


 私は彼の方を向いてそう問いかけた。殿方はゆっくりこちらを向き、私の目を見た。


 その目の奥に私がぼんやりと映っていた。彼はまた長い睫毛の幕を下ろすように目を細め、微笑んだ。


 彼は何も言わなかった。なんだか沈黙が恥ずかしくなって、急いで話題を探した。


「今日は満月ですね」


 私も微笑んで彼にそう言った。彼は黙っていた。


「綺麗ですね」


 そう言うと、彼は私の目を見て、こくりと頷いた。無論、彼は黙っていた。

 寡黙な人なんだろうと思った。私は男性のことはよく知らないが、普段見かける男性はよく喋る人たちであったから、寡黙な彼が珍しいのだろう。横目で彼を見た。彼はまた静かに月を眺めていた。


 落ち着いていて、静かで、寡黙な殿方。私もここにいて、始終落ち着いていた。


この時間がずっと続けばいいと思った。ここにいれば、幸せになれる気がした。


 すると、月の光がどんどん強く、白くなっていった。思わず目を閉じた。もう一度目を開けると、見慣れた天井だった。


 朝だった。


 体を起こし、辺りを見回してみたがあの殿方はいらっしゃらなかった。普通なら真夜中の家に、見知らぬ人がいたら叫ぶだろう。それをしなかったのは、きっと夢だったからだ。


 縁側の方をみると、ふすまは閉め切られていた。

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