第6話:「死神騎士の過去と、リリアンナの疑問」

夜の森は静寂に包まれ、星が輝いていた。リリアンナは一日の疲れを癒すため、焚き火の前でカイルと並んで座っていた。カイルの横顔を眺めると、彼の鋭い瞳の奥に何か深いものが潜んでいるように見えた。


「……カイル」


リリアンナは静かに彼に声をかけた。彼女は、ずっと気になっていたことがあった。カイルが「死神騎士」と呼ばれている理由――彼がかつて多くの戦場で無慈悲に敵を討ち取ってきたという噂だ。


「あなたは、どうして“死神騎士”と呼ばれているの……?」


その問いにカイルはしばらく黙っていた。火の揺らめきをじっと見つめ、思い出に沈むように口を閉ざしていたが、やがて低く、静かな声で答え始めた。


「……俺がその名で呼ばれるようになったのは、戦場で多くの命を奪ってきたからだ。俺は、ただ剣を振るい、目の前の敵を斬り倒すだけだった。仲間も、敵も関係なかった。俺にとっては、ただ生き残ることがすべてだったんだ」


彼の声にはどこか冷たさがあり、その言葉の重さがリリアンナの胸に響いた。カイルは、死神のように冷酷で無慈悲な存在として、数々の戦場で名を馳せてきたということが、今の彼の言葉から感じ取れた。


「でも……それは、今のあなたとは違うわ」


リリアンナはそっと口を開いた。彼がリリアンナに対して見せる優しさや、彼女を守る姿勢は、噂で聞いていた冷徹な「死神」とはかけ離れていたからだ。


カイルは、リリアンナの言葉に少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに苦笑した。


「違うか……?」


「ええ、少なくとも私が知っているあなたは、誰かを守るために剣を振るう人よ」


リリアンナの言葉に、カイルは再び沈黙した。彼女が見るカイルと、彼が過去に自分自身に課してきた姿――それらのギャップが彼自身を悩ませているのかもしれない。彼は再び口を開いた。


「俺は、もともと戦場で死ぬはずだった。だが、今はこうして生き残り、辺境でお前と一緒にいる。それがなぜなのか、俺自身にもわからない」


カイルの言葉には深い葛藤が含まれていた。彼が過去に犯した多くの命の代償を背負っていること、そしてその記憶が彼を縛りつけていることがリリアンナにも伝わってきた。


「それでも……」リリアンナは静かに彼の手を取った。「あなたが私を守ってくれた。それだけで、私は感謝しているわ」


カイルはその言葉に、少しの間、リリアンナの手をじっと見つめていた。彼女の純粋な気持ちが、彼の心に少しだけ温かさをもたらしているかのように感じた。


「……ありがとう、リリアンナ」


彼の声には、いつもより少しだけ柔らかさが感じられた。リリアンナは、その瞬間、カイルがただの「死神騎士」ではないことを改めて確信した。


◆  ◆  ◆


次の日、リリアンナとカイルは再び森を歩いていた。二人の間には、昨日の夜の会話で少しだけ心の距離が縮まったような空気が流れていた。


リリアンナはカイルの過去に触れたことで、彼が抱えている苦しみを少し理解したような気がしていた。だが、彼女はそれ以上踏み込んで良いのかどうか、まだ迷っていた。


その時、ふいに森の奥から大きな影が動くのが見えた。カイルはすぐに反応し、剣を抜いた。


「リリアンナ、気をつけろ」


リリアンナもすぐに魔法の準備を整えた。現れたのは、前回よりもさらに巨大な魔物だった。鋭い牙と強力な爪を持ち、カイルに向かって襲いかかってきた。


「来るぞ!」


カイルは素早く魔物に向かって剣を振り下ろし、リリアンナも後方から光の魔法を放つ。二人は見事な連携を見せながら、魔物に立ち向かっていった。


「大丈夫、カイル!」


リリアンナは少しずつ自分の力に自信を持ち始め、魔法でカイルの戦いをサポートした。彼女はただ守られるだけの存在ではなく、今やカイルの隣で共に戦う存在となりつつあった。


魔物はカイルの一撃によって倒され、リリアンナも魔法で仕留めることに成功した。


「よし……!」


リリアンナは息を切らしながらも、達成感に満ちた表情を浮かべていた。カイルは無言で彼女に歩み寄り、その手を優しく握りしめた。


「俺が一人で戦っていた頃は、こんな風に誰かと共に戦うことなど想像もしなかった」


カイルは穏やかな声でそう告げた。彼が戦場で孤独に戦っていた過去とは異なり、今はリリアンナという存在が彼の傍にいることが、彼にとって新しい感覚だったのかもしれない。


「でも、今は……君がいる」


その言葉に、リリアンナの心は温かさに包まれた。彼が過去を背負いながらも、今新たな道を歩もうとしていることが、彼女にも伝わってきた。


「私も……これからあなたと一緒に戦いたい」


リリアンナの決意の言葉に、カイルは少しだけ微笑んだ。二人の絆が深まりつつあることを、彼もまた感じていた。

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