第3話:「魔法と過去、再び立ち上がる決意」

カイルの住む辺境での生活にも、リリアンナは次第に慣れ始めていた。最初は驚きや戸惑いばかりだったが、今では少しずつ自分の力でできることを増やそうと努めている。


朝、太陽が昇り始めると同時に、リリアンナは目を覚ました。辺境の静かな森の中、風が窓から入り込み、心地よい涼しさをもたらしていた。彼女はベッドから起き上がり、目の前に広がる美しい自然を見つめながら深呼吸をした。


「何か手伝えることはないかしら……?」


リリアンナは、ただカイルに守られるだけの存在でいることに違和感を感じ始めていた。確かに、カイルの力に助けられ、彼の優しさに支えられてはいたが、彼女には彼女なりの力があるはずだった。


◆  ◆  ◆


カイルが森の奥で何かをしている時、リリアンナはふと、昔父に教わった魔法のことを思い出した。彼女は社交界では主に礼儀作法やダンスを学んできたが、実は幼い頃、父から基礎的な魔法の知識を教わっていたのだ。


「……今でも、使えるかしら?」


彼女はそっと手をかざし、集中した。かつて父から教えられた呪文を思い出しながら、魔力を手のひらに集めていく。次の瞬間、ふわりと淡い光が彼女の手の上で揺らめいた。


「……できた!」


リリアンナの目が輝いた。まだかすかな光ではあったが、魔法を使う感覚が体に戻ってきたことに喜びを感じた。これで、少しは役に立てるかもしれない――そう考えた彼女は、そのまま練習を続けることにした。


◆  ◆  ◆


しばらくして、カイルが戻ってきた。彼は無言でリリアンナを見つめ、その手の上に揺れる光をじっと見た。少し驚いた表情を浮かべてはいたが、特に感情を露わにはしなかった。


「それが君の力か」


低く響くカイルの声が、リリアンナの耳に届いた。彼は何も言わなかったが、その視線の中には確かな興味が感じられた。


「……ええ、まだ不完全だけれど。父から昔、魔法を少しだけ教わっていたの。でも、社交界に出るようになってからは使う機会がなくて……」


リリアンナは少し恥ずかしそうに答えた。しかし、カイルは静かに彼女の言葉を聞きながら、再び彼女の手の光を見つめていた。


「その力があれば、この場所でも十分に役立つだろう」


彼の言葉は短かったが、その意味はリリアンナにとって大きかった。自分の存在がただ守られるだけではなく、何かの役に立つ――それが彼女にとって、自信を取り戻す一歩となった。


「……ありがとう」


リリアンナは自然とそう言葉にした。彼女はまだ完全には自信を取り戻していなかったが、少しずつ前を向こうとしていた。カイルの存在が、その歩みを支えてくれていたのだ。


◆  ◆  ◆


その日の夜、リリアンナはカイルと共に森の外れに出て、辺境の夜景を眺めていた。大きな月が森の上に浮かび、辺りは静寂に包まれていた。


「ここは、静かね……」


リリアンナは小さくつぶやいた。社交界の喧騒とは全く異なる静けさ。だが、その静けさが、今は心地よかった。


「そうだ。だが、君が望むなら、俺はどこにでも連れて行く」


カイルの言葉は、まるで彼女が何を望んでも叶えてくれるかのように、自然でありながら力強かった。


「……そうね。でも、今はここがいい」


リリアンナはそう答えた。まだ心の奥には社交界での屈辱や、失われた名誉に対する未練があった。しかし、今はそれを追い求める時ではない。カイルと共にいるこの瞬間が、彼女にとって大切な時間だった。


ふと、カイルがリリアンナを見つめた。その目には、何か言葉にしない感情が宿っていた。それが何であるかを知ることはできなかったが、彼がただの「死神騎士」ではないことを、リリアンナは確信していた。


「君の力、そして君自身は、ここで大切にされるべきだ」


カイルのその言葉に、リリアンナの心は揺れた。彼は常に彼女を守り、支え続けてくれる存在――だが、彼が感じているものがただの保護者のそれではないことも、彼女は少しずつ理解し始めていた。


リリアンナはカイルの隣に立ち、ゆっくりと夜空を見上げた。今は、彼の隣で静かにその時間を共有するだけで十分だった。

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