第2話:「辺境での新たな生活」

――冷たい風が、辺境の森の中を吹き抜ける。


リリアンナはカイル・ヴァルデリックに案内され、彼の住まいへと向かっていた。辺りには大きな木々が立ち並び、時折、小鳥のさえずりや小動物の気配が聞こえてくる。だが、その自然の豊かさにもリリアンナの心は晴れなかった。


「ここが俺の家だ」


カイルがそう言い、リリアンナを一軒の質素な小屋へと案内する。辺境の暮らしは彼女にとって初めてのものだった。社交界で過ごしていた日々とはかけ離れたこの生活に、彼女は少し不安を感じていた。


「どうぞ。しばらくここで休むといい」


カイルは、彼女が疲れていることを見て取ったのか、無駄な言葉を避けて静かにそう告げた。


リリアンナは、彼の無口な態度に最初こそ戸惑っていたが、次第にその静かな優しさに気づき始めていた。言葉少なでも、彼は常に彼女を気遣ってくれている。それが、かつて誰にも助けてもらえなかった彼女にとって、ほんの少しだけ心の支えとなり始めていた。


◆  ◆  ◆


夜になり、リリアンナはカイルの用意してくれた簡素なベッドに横たわっていた。だが、心の中には重い感情が渦巻いていた。過去、社交界での出来事――追放された日のことが頭から離れない。


「私は……もう誰にも必要とされていない……」


そんな思いが彼女を苛んでいた。父の名誉が失墜し、自分も社交界から追放されたあの日以来、ずっと孤独だった。誰も信じてくれない、誰も助けてくれない。彼女がどれだけ努力しても、すべては無駄だった。


――だが、今はカイルがいる。


ふと、リリアンナの視界の端にカイルの姿が映った。彼は無言でリリアンナの近くに立っている。彼女が泣いていることに気づいているのかもしれない。だが、彼は何も言わなかった。ただ、彼女が泣きたい時に泣けるように、そっと見守っているようだった。


「……ありがとう」


リリアンナは震える声で呟いた。その言葉に、カイルは軽く頷いただけだったが、それが彼女には十分だった。彼の存在が、少しだけ彼女の孤独を和らげてくれていた。


◆  ◆  ◆


次の日、リリアンナは少しずつ、辺境での生活に慣れ始めていた。カイルがいなければ、この地で生きることは難しいと実感していたが、それでも彼女は自分にできることを探そうとしていた。


「今日は、森で少し散歩しようと思います」リリアンナがそう言うと、カイルは少し考え込むように彼女を見た。


「……わかった。だが、気をつけろ。この辺りは時々、危険なものが出る」


彼が指摘したその「危険」が何を意味するのか、リリアンナはまだ理解していなかった。だが、彼の警告を心に留めつつ、森へと足を進めた。


辺境の森は深く、木々が生い茂り、日の光が地面に届かないほどだった。リリアンナはその森の静けさに耳を傾けながら、一歩一歩慎重に進んでいく。だが――突然、背後から奇妙な音が聞こえた。


「何……?」


振り向くと、そこには一匹の大きな魔物が立ちはだかっていた。体は黒い鱗に覆われ、鋭い爪を持つその姿に、リリアンナは一瞬で恐怖を感じた。


「嘘でしょ……こんなところに、こんな魔物が……」


彼女はその場で固まってしまった。体が動かない――魔物の赤い瞳がこちらを捉え、今にも襲いかかってきそうな勢いだった。


――その瞬間、カイルの姿が現れた。彼は無言で剣を抜き、魔物に立ち向かった。その動きはあまりにも速く、リリアンナが驚く間もなく、魔物は一瞬でカイルに討たれてしまった。


「……大丈夫か?」


彼は短くそう言った。リリアンナはその力強さに息を呑んだ。カイルの強大な力――それが今、彼女を守ったのだ。


「ええ……ありがとう……」


リリアンナは震える声でそう答えた。彼が彼女を守るために、何も言わず、ただ行動で示してくれたことが、彼女の胸を打った。彼の無口な態度の裏にある優しさと強さが、少しずつ彼女に伝わり始めていた。


「俺がここにいる限り、君に危険はない」


カイルのその言葉は、彼女にとってこれ以上ない安心感を与えてくれた。彼の言葉は少ないが、その一言一言に込められた決意は、リリアンナにとって頼もしいものだった。


◆  ◆  ◆


森を戻りながら、リリアンナはふと思った。この場所に来て、カイルという存在に出会えたこと――それが自分にとって、新たな始まりなのかもしれない、と。


孤独だと思っていたこの辺境の地で、彼女は少しずつ、自分の心が変わり始めていることに気づいていた。


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