追放された令嬢、死神騎士に見初められ再び社交界へ
スキマ
第1話:「追放と孤独の始まり」
――冷たい風が頬を撫で、乾いた土の香りが辺りを漂う。
リリアンナ・オルティスは、かつての自分を思い返しながら、ただ一人、荒れ果てた道を歩いていた。豪華なドレスに身を包んでいた頃の自分は、もはや遥か遠い存在に思える。今、彼女が纏っているのは古びたケープと質素な服。社交界の花形だった日々は、夢の中の出来事のように感じられる。
「――すべて、終わったのね」
誰に言うでもなく、リリアンナは呟いた。その言葉は、荒野の風に乗って消えていく。
父親が陥れられ、オルティス家の名誉が地に落ちたあの日。何もかもが狂い始めた。社交界からも追放され、周囲からの冷たい視線と嘲笑を浴び、リリアンナは全てを失った。かつての仲間たちは、彼女を見向きもしない。華やかな舞台で笑っていた日々は、もはや遠い過去の出来事に過ぎなかった。
「でも、心だけは奪わせない」
リリアンナはそう強く胸の内で誓った。たとえ家族も名誉も全てを失っても、自分自身の誇りだけは捨てられない。孤独と絶望に打ちひしがれながらも、彼女の瞳には確かな光が宿っていた。
だが、その光も次第に弱まり始めていた。辺境の地への旅は過酷で、頼れるものもなく、食べるものすらも限られている。このまま一人で生き延びられるのだろうか……そんな不安が、リリアンナの心を苛んでいた。
ある日、リリアンナは森の中で道に迷った。足元に生い茂る草が邪魔をし、進むべき道すらわからなくなる。疲れ切った彼女は、木陰に身を寄せると、ふと背後から気配を感じた。驚いて振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
「……誰……?」
男は黒い鎧を身にまとい、鋭い眼差しでこちらを見つめていた。その姿はどこか異様で、まるで死神のような冷たい雰囲気を纏っている。リリアンナは身を縮め、恐怖を感じた。彼が誰であるかは知らないが、その存在感だけで十分に異質だと感じ取れる。
「ここで何をしている?」低く響く声が、彼女に問いかける。
リリアンナは、何も答えられず、ただ男を見つめ返した。恐怖に凍りついている自分に驚いた。かつての自分なら、こんな状況でさえ冷静に対処できただろう。しかし今は、すっかり弱くなってしまっていた。
「俺はカイル・ヴァルデリック。ここで何をしているのか、と聞いている」
名乗られた名前に、リリアンナはかすかな驚きを感じた。死神騎士、カイル・ヴァルデリック――その名は、社交界でも伝説的な存在として知られていた。無慈悲な戦士、冷酷な死神、戦場で血を浴びる姿が描かれる彼の名声は、恐れと共に囁かれている。そんな彼が、なぜこのような辺境の森に……?
「私は……」
リリアンナは何とか口を開こうとしたが、言葉が出てこない。どこまで話せばいいのか、どの言葉が彼の興味を引いてしまうのか――彼の存在はあまりに圧倒的で、慎重にならざるを得なかった。
「……一人でここにいるわけではあるまい」
彼は静かに言うと、彼女の疲れ切った顔を見つめた。その目には、鋭さだけではなく、どこか優しさも含まれているように思えた。
「私は……ただ、一人で……」
震える声で答えたリリアンナに、彼はしばし沈黙を守った。それから、一歩、ゆっくりと彼女に近づき、鋭い瞳を和らげる。
「そうか。ならば、もう一人ではない」
彼のその言葉に、リリアンナは目を見開いた。なぜ、この男は――まるで自分を守るかのような言葉を口にするのだろうか。死神と恐れられる男が、どうして……?
「君を助けるのが俺の役目だ」
そう言い切ったカイルの表情は、どこか寂しげだった。しかし、リリアンナにはその理由を問いかける余裕などなかった。彼の存在が、今の自分にはあまりにも大きく、何かを変えてしまうような予感がしていたからだ。
リリアンナは、次第に目の前の男に対して抱いていた恐怖が薄れていくのを感じていた。彼の冷たい外見の裏には、何か別のものが隠されている――そんな予感が、彼女の心の中で徐々に膨らんでいった。
「私は……一体どうすれば……」
リリアンナは、もう一度彼に問いかけようとした。しかし、彼は静かに首を振り、短く言った。
「君が決めることだ。だが、俺は君を一人にはしない」
その言葉には、確かな決意が込められていた。リリアンナは、彼の言葉を心の中で繰り返す。どうしてこの男が自分を助けようとしているのか、その理由は分からない。だが、彼の存在が確かに自分を変えようとしていることだけは理解できた。
「ありがとう……」
リリアンナは、震える声でそう告げた。彼女が再び歩み始める時、カイル・ヴァルデリックという男は、彼女のそばにいつもいることになる――それが彼女の運命であり、同時に新たな物語の始まりだった。
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