第1話
終わった華盛り
「…私、これより引退させていただきます。」
藍里は深々と頭を下げ、凛とした姿勢を保って部屋を出た。
"引退"
最後の見栄だった。
辞めると言った方が正しかったけど、自分で辞めたと思いたくなくて見えを張った。
30歳。
19歳の時にこの業界に入ってもう11年。
苦しい時も楽しい時も全てこの仕事に費やしてきた。
アイドルになりたくて上京してきたけど、現状はあまりにも無謀で残酷だった。
結局なり過ごしてフラリと訪れ、そのまま働く形となった。
生きるために必要で、必死に足掻いた。
そんな私をお客は可愛がってくれた。
褒めてくれた。
ここでは私は"華"になれた。
誰かの"一番"に、崇拝する人物に。
気づけば"ナンバーワンキャバ嬢"になっていて、誰もが私を取り合った。
あぁ、こんな私でも崇めてくれる、一番にしてくれるんだ、と酔いしれた。
人生で一番の華盛り。
けど、花は咲けばいつか枯れる。
また種が撒かれて芽を出せるのは花だけ。
人間は枯れたら終わるの。
特にここではそれは厳しい。
私にも…"終わり"は訪れた。
若い子がドンドン入って来て、私は少しずつ居場所が減っていった。
気づけば誰かのアシストで、誰かの"一番"ではなくなっていた。
むしろ、嫌がられる存在となっていた。
「…藍里さんていつまでここにいるんだろうね。」
「…もう30歳でしょ?終わりだって。あんなのおばさんだよ、おばさん。」
更衣室のドアの隙間から聞こえる後輩の声に拳を握りしめながらそっと後にした。
"終わり"か。
後輩の声を聞いてからそのまま店を後にしたので服はドレスのままだ。
カツカツとハイヒールの音を鳴らしながら河辺の道を歩く。
今私、どんな顔してるんだろ。
途中走ったから髪はボサボサ。メイクだって取れかかっている。
「…私も、あのくらいの年だったのに。」
人生は一瞬だと、先に卒業した先輩がいたけど本当だった。
もう、誰からも愛されてた私はいないんだ。
愛してくれた場所もないんだ。
河辺を見ると、夕日でオレンジ色に染まっていた。
反射してキラキラと輝いている。
ふと、昔の華盛りの私を思い出す。
お客にちやほやされて幸せだった私…
あの頃の輝きは一瞬にしてなくなった。
手からポロポロと零れ落ちた。
その時
なんとも言えない感情が湧いてきて、気づけば走っていた。
走って 走って 走って
ドシャッ
間抜けにも石に躓いてこける。
涙で視界が歪み、上手く前が見えない。
「…うわぁぁぁぁぁッ!!!」
我を忘れて叫んだ。
同時に、ヒールを脱ぎ、川に向かって投げた。
道行く人が見ている。
遠くで警察が小走りに走ってくるのが見える。
けれど、今はそんな事を気にする余裕はなかった。
終わった華盛り。
グッド・バイ
黄昏ている道の中で一人泣き続けた。
終わった華盛り 抹茶 餡子 @481762nomA
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