5日目 家族
いつも通りの習慣を終え、本当の帰路へ着く。
マフラーに顔を隠すようにして寒さから逃れ、重い足を引きずるように歩く。できるだけゆっくり、遅く。それだけが頭の中で繰り返される。
どれほど自分は家に帰りたくないのだろうか。そんな問いかけに私は足を止めることで応えた。
「ねぇ、知ってる?ここらへんでこの人達見たっていう噂」
「えぇ?でもただの噂でしょ。」
自分と同じような年頃の少女2人が寒さのせいか頬を赤らめて、何かの雑誌を見ながら会話をしていたのが視界に入る。
「それがさ、どうも本当らしいんだって!今日も見たっていう人がいっぱいいて!ほら見てよ、こんなにツイートされてる!!」
「え、うそ。写真も載ってるじゃん!」
きゃあきゃあと騒ぐ音に、私は逃れるように早足でその場を離れた。
気分が悪かった。めまいがして、吐き気も私を襲う。足がふらふら。手も痺れてきた。
嫌な予感が私の身体に走り、冷や汗が止まらない。
私はそんなねっとりとした気持ちを抱いたまま、歩き家へ向かう。
そして辿りついた家の前で、立ち止る。両肩にかかるリュックの紐を握りしめ目を閉じる。大きく息を吸い吐くことで心音を鎮めて、目を開けてドアノブを握りまわした。
玄関で一番に気付いたのは、母親の派手な靴と見慣れない靴が二セットあったこと。誰か来ていると思う前にどろりとした何かに顔を顰める。咄嗟に胸を押さえ、深呼吸をした。
その深呼吸が終わる前に、息を止めた。
「おかえり
聞き覚えのある声、聴きたくなかった声。今すぐ耳をふさいで泣いてしまいたい気持ちを押し殺し、靴に向けていた視線を上げて声を発した人物に向けた。
にこにこ笑う金に近い茶色の長い髪を緩く一つに結び、赤に近い茶色の瞳を私に向けるほんわかした雰囲気を持つ男性。
「いつもこんな時間なの?駄目だよ、実音は女の子なんだから」
優しい声音で心配そうに言う男性は長い髪を揺らして近づいてくる。後ずさりたい気持ちを出さず、ローファーを脱いで目を合わせずに唇を動かした。
「ごめんなさい。
「うーん、謝ってほしいわけじゃないんだけど。まっ、いっか。」
苦笑して私の頭を大きな手で撫で「
リビングのドアを開けて、奥にあるソファを占領するスマートフォンをいじる金茶色の短髪の男性がこちらに視線も向けず口を開く。
「おい、
「こら、成真!」
興味もなさそうにスマートフォンをいじる男性も見ないように「・・うん」と小さく頷く。みつにいが咎めるように名前を呼ぶと、成真、成にいは「フン」と鼻で笑いこちらにようやく視線を向けた。
「それよりも、ネットで騒がれてるぞ、満真。だから言ったんだ、タクシーで来た方が面倒にならないと」
「だったら成真だけタクシーにすれば良かっただろう?そうあの時も言ったはずだよ。僕なんかより君の方が有名なんだから、僕に合わせる必要はないって」
「おいおい、久しぶりに会った兄と一緒にいたいって思うのは当然だろ。それに、髪型が違うだけで同じ顔なんだから、満真も充分目立つぜ?」
「それはそうだけど・・。ていうか久しぶりじゃないだろう。二日ぶりくらいだよ」
二人の会話に耳を傾けて、すぐ近くにあるテーブルの真ん中に置いてある雑誌に気付く。おそらく先ほど騒いでいた女子高生が持っていたものと同一だろう。何故わかるか、それは表紙を飾る二人の男性を知っているからだ。
一人は今人気急上昇中の若手俳優。もう一人はその俳優の兄で新人でありながら様々な脚本を担当する作家。彼等は同じ顔をしている。つまり双子ということだ。髪型と纏う雰囲気が違うだけで、同じ顔をした二人が読者に視線を向けている。
その雑誌から目を離し、まだ喋っていた2人を見る。
雑誌に載っている二人とここにいる二人は同一人物だ。
そして、私の兄達でもあった。
「あら、おかえりなさい」
いつもより機嫌の良い声にハッと顔を上げる。台所から母さんが顔を出して私を見た。だがすぐに双子の兄達へ視線を向ける。
「ほらほら、言い合ってないでご飯にしましょう!実音、着替えてきなさい」
「・・・うん」
その場から逃げるように、私は来た道を戻り玄関すぐ近くの階段を昇った。真っ暗な自分の部屋に入り、電気をつけてドアを閉める。大きく深呼吸をしてから、鞄をそこらへんに置きクローゼットに向かう。
マフラーを取り、ブレザーを脱ぎ、ワイシャツを脱ぐ。
部屋着に着替え、カーディガンを羽織る。
ハンガーに制服を掛けていくと、クローゼットに沿わっている鏡に自分が写る。
「・・・」
今にも閉じそうな目をした疲れ切った顔。鏡に触れ、自らの目を見つめ続ける。
――嫌な顔。
クローゼットを閉めて、明かりを消し部屋を出た。
双子の兄達は、幼い頃から私と違った。
二人は性格が違えど、何でも器用にこなして頭も良くて優秀で、いつも両親に褒められていた。最初はそんな兄達が誇らしくて自分のことのように嬉しかった。でも、次第に自分に向けられる視線に気付く。
両親や周りの人は兄達と私を比較し、また兄達と同じものを求める。それに応えられなくて、兄達のようになれなくて、それが情けなくて申し訳なくて。
何かをやっても兄以上のものは出せない。兄達を超えられない。今までも、多分これからも。
――気持ち悪い。
両親の目が怖い。周りの目が怖い。
――吐き気がする。
兄達の目が怖い。兄達が怖い。
――めまいがする。
なにもかもが怖い。
――痺れてきた。あぁ、もう
消えてしまいたい。
出されたものに食欲は出なかった。けれど食べなければ不信に思われる。母だけならまだしも兄達もいる今、変なことはできない。
隣に母が座り前には兄達が座る。母はいつまでも兄達を見て笑顔だ。本当に今日は機嫌が良い。
食事が始まっても、母は一向に私を見ることはない。たまに振られる話題に小さく頷きながら、何も意識しないように目の前にある食事をどうすればいいかを考えるに集中した。
「公演良かったわ。本当に自慢の息子たちよ」
「ありがとう、母さん。」
「夢だったんだものね、満真が脚本を書いた舞台に主演で成真がでることが。」
「うん」
「テレビでも大きく取り上げられていたのよ。あ、録画しているからあとで見る?」
「えぇ、いいよ。恥ずかしい」
「何言っているのよ。あなた、成真と同じで今年の顔って言われるほどなのよ。」
「でも、僕は基本的に裏方担当だし。成真がそういうのだったのは納得だけど」
「何言っているんだ、満真。裏方ほど大事なものはないぞ。お前たちがあっての俺たちだ。」
「成真の言う通りよ。でも、昔からシャイだったから、変わらないわね。そういうところは」
「ううん、まぁそういうところは簡単に変わるものじゃないからね」
「いいのよ、あなた(、、、)らしく(、、、)いれば(、、、)。」
母を見る。その目にはやはり兄たちしか映っていない。
食事が始まってから終わるまで、ついに母は私を見ることはなかった。
布団を被り眠りにつこうとすると、左手の指先が暖かく感じた。その指を右手で握り抱きしめるように身を小さくして、瞼を閉じた。
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