第21話



 緊張で息がつまりそうになっていると、大人しく会話を聞いていた渚がつまらなさそうにしていた。


 

「ねぇ、佳穂。コイツのことはもう良いじゃん」


「渚。佐藤さんのこと、コイツって言ってるの?」


「だって……」


「ちゃんと名前で呼んで上げれば良いのに」



 佳穂さんの言葉に「絶対にいや」と首を振った渚。話しから渚が責められそうな流れに、俺は口を挟んだ。



「渚の呼び方は良いんですよ。もともと知り合いだったんですけど、俺が酷いことをしたから。それより、今日のコンサートは楽しかったんですか?」


「楽しかったですよ。今回はマイナーなキャラも出ていたので!」


「実写版のルイくんかっこよかった……」


「ね!」



 そう話しをどんどん広げていく二人の会話に俺は付いていけなかったが、二人の楽しそうに話す姿をミラー越しで見ていて、どんなに素晴らしい時間を過ごせたのかが伺えた。


 数十分して佳穂さんが言っていた♯♯駅に着くと、ロータリーで佳穂さんを降ろして帰路についた。


 高速に乗る頃には車内は静まり返り、掛けていた音楽が響いている。


 ふと渚の好きな曲に変えようかと思ってチラリと後ろを見ると、瞼を震わせて寝落ちかけている様子が見れた。



「渚、コンビニよるか?」


「……うん、寄る。喉乾いた」



 サービスエリアに入って車に止めると、無防備に欠伸と伸びをして車を降りていた。


 寝惚けているのか、ふと「……夕食どうしよう」と俺の前でぼやく渚に、帰りは寝てそうだなと思う。


 

「どこか食べ行くか?」



 絶対に嫌がるだろうなと分かっていても、一応聞いてみると嫌悪感が消えているのか、うぅんと唸る。



「……眠くて、そんなに食べれない」


「なら、中のパン屋で何か買うか?」


「パン……良いね。しょっぱいのと甘いの欲しいなぁ」



 多分、これが渚の“素”なのだろう。会話がスムーズに弾む。


 そうして建物の中で売られている温かい飲み物とパンを購入すると、俺も車内で食べて残りの距離を運転していた。


 予想していた通り、ある程度食べて満腹になった渚は直ぐに夢の中へと落ちていた。


 ベースに着いた頃にはぐっすりと眠っていて、肩を揺すっても起きる気配がなかった。



「まじかよ……」



 抱っこしてあげても良いが、後で知ったら怒るよなぁと溜め息をつく。


 とは言え、車の中に渚を放置するわけにもいかず。荷物はそのままに、背中と膝裏に手を差し込むと、一度身体の方へ抱き寄せてから、よっと身体を持ち上げた。

 

 思った以上に渚の身体は軽くて驚いた。


 普段のご飯の量や、軽食も食べてる様子を見ていたから相応の体重があるかと思ったが、ちゃんとに減っているらしい。



「いや、食べたものどこにいってんだよ……」



 部屋で運動でもしているのだろうか。


 そんな詮索をしながらリモコンでドアを締める。


 俺は普段から身体が鈍らないようにと、毎日筋トレを欠かさずしている。


 それは大学生の頃から続けている習慣でもあるので、人一人くらいは余裕で持ち歩けた。


 玄関先まで来ると、聞き慣れた声が背後から掛けられた。



「あれ、幸真?」


「お疲れ様です。結弦さん」


「お疲れさま」



 振り返ると、腕の中の渚に気づいた弓弦さんは直ぐに声量を落とす。



「寝ちゃってるねぇ。それにしても軽々と女の子を抱き上げられるなんて、幸真は力持ちだなぁ。鍛えてるの?」


「まぁ。簡単にですけど」


「へぇ! 僕なんて見てよ、この貧者な身体」



 腕を上げて力こぶを見せようとしたのか、結弦さんの肌白で細い腕は力を入れても筋肉があまり見れなかった。


 それで思わず苦笑いを零してしまう。

 


「弓弦さんは筋肉が付きにくく身体してるんですね」


「そうなんだよね。本当、幸真と篤人が羨ましいよ」



 そう言えば篤人さんの身体はガッチリしてたなと、風呂上がりで浴室ですれ違った時の身体付きを思い出した。



「……でも。いくら力が付いてても、守れないんじゃ意味ないですよ」


「別にその為に筋トレしてるわけじゃないんでしょ? ならそこまで気にすることないんじゃない?」


「それは、まぁ……」



 口篭る俺に、言おうとしていた言葉の意味をちゃんと汲み取っているからか、結弦さんはクスクスと笑う。



「やっぱり幸真が来てくれて良かったよ」


「そうですか?」


「誰かをいじめて苦しめる人よりも、人の痛みを知っている人の方が、渚を安心して任せられるからね」



 だから、なのか。──と、納得した。


 俺をこのチームに入れてくれた理由が分からなかった。


 心優しい人たちが集まったこの集団で、いじめっ子だった俺が入れた理由。


 中学生の頃と違って、同僚と彼女に裏切られて、傷つけられる痛みを知った。大人になった。


 きっと以前よりも、人に対して優しくなれると思える俺だから、渚の側でゲームをしていられるんだと思う。

 

 弓弦さんが玄関の扉を開けてくれると、渚の部屋のドアも開けてもらえて難なくベットまで運び終えた。



「ご苦労様。今日は渚に付き合ってくれてありがとうね」


「いえ、俺にとっても遠出は久しぶりだったので、楽しかったですよ」


「なら、良かった。今日は俺、シャワーだけだから、先に風呂入っても大丈夫だけどどうする?」


「俺は後で大丈夫です」


「そ? じゃぁ、おやすみ」


「はい、おやすみなさい」



 先に戻った結弦さんを見送って、俺は車に戻って、渚の荷物を持ち出す。


 部屋のテーブルの側に置くと、眠っている渚に近寄った。ベットの端に静かに腰を降ろして瞼を閉じている渚を見つめる。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る