第20話
返信されたメールには「今からエントランスを出る」ことが書かれていた。
臨時駐車場はいくつかあって迷いそうだが、きっと渚なら大丈夫だろう。
そう思っていると欠伸を零した時に、突然電話が掛かってきて肩がビクッと跳ねた。
着信主は渚からで、
「もしもし、渚か?」
〈そう。そろそろBの駐車場に着くけど何処に止めたの?〉
「出口から2列目。ナンバー教えるから探して」
「分かった」
意外とすんなり了承してくれた渚に、肩の力が抜けた。
車体ナンバーを伝えると、耳元からぶっそうな程低い呟きが聞こえてくる。
多分、一生懸命覚えようとしているんだろうけど、呪いを唱えているみたいだ。
不思議と怖くなく、魔女のような薄暗さは似合うような気がして、バレないように声を殺して笑いつつ、失礼なことを考えていることを内心で謝る。
でも、可愛いと思うのだから褒め言葉として受け取って欲しいな。
ぼぅとしているとコンコンと窓が叩かれた。見ると助手席側から渚が中を覗いていた。
窓を開いて「開いてる」と言うと、助手席じゃなくて後ろのドアを開ける。
やっぱりまだ心は開かないよな……。
苦笑いを浮かべていると、渚がある方向を向いて手を大きく振った。
そこには同級くらいの女性が立っていて、笑顔で手を降っている。
「友達か?」
「あんたに関係ある?」
「いや……、ただ友達は大丈夫なのか?」
「……大丈夫って?」
「もう暗いし、一人で帰るのは危ないだろ」
「──逆に、送ってくれるの?」
「あぁ」
渚からじっと見つめられて俺は少し焦った。
──何か変なことを言っただろうか。
それから見つめていた視線をふいと外して、無言で携帯を取り出すと軽快なタッチで操作して耳に当てた。
どうやら電話を掛けたらしい。
「もしもし、なんか運転手さんが送ってくれるって」
運転手さんか。まぁ、あながち間違ってはいないけど。
「──うん、そう。──大丈夫だよ。引き返して来て一緒に帰ろう。──うん。じゃぁ」
電話を切ると、渚は乗り込んで来た道を眺めていた。
しばらくすると友達が引き返して来たようで姿が見えた。 同時に渚も見つけたらしい、窓を開けて上半身を乗り出した。
「ちょ!? おい、危ねぇだろ」
「うるさい」
「はぁあ!?」
注意する俺に構わず渚は友達の名前を呼ぶと、向こうも気付いたようで手を上げた。
近くまで来るまで手を振る姿を溜め息をついて見守っていると、友達が車の合間を縫って駆け寄って来た。
普通の声量でも聴こえるほど距離までくると、やっと窓から身体を引いて席に座った。
止まっていると言えど、態勢を崩したら前のめりに落っこちる可能性だってある。
そんなの常識的だと思っていた俺は黙ってられずに注意した。
「お前、優等生だったろ。行儀の悪いことすんなよ」
「いじめっ子がまた何か言ってる。私を引き篭もりにさせたのは何処の誰だっけ?」
「うっ……、それは……。あの頃のことは悪かったって思ってる……、けれど、危ないことをされたら今の俺だって心配するんだよ」
そう本心で語っても、気持ちは全然届かなかったらしい。後部座席から、「ははッ」と嘲笑うような笑みが聴こえた。
「心配ねぇ……」
ミラー越しに渚を見ると、目が合ってぷいっと顔を背けられた。
するとドアを開いて外へ出た。
「渚……!?」
怒ったのかと渚を追い掛けようとしたが、ドアを開ける前にいつの間にか友達が側まで来ていたらしい。
笑顔で迎える渚に、友達が後ろから挨拶をして来た。
「こんにちは」
「……あぁ、どうぞ。乗って」
「すみません。私も送ってもらうことになってしまって……」
「いや、気にしないで。女性を一人で帰らせるには危ない時間帯だからね。家はどの辺? どこまで送ればいいかな?」
対人スマイルで二人が乗って扉を締めるのを見守ると、渚の友達は少し悩んでから答えた。
「えっと、♯♯駅までお願いします」
「了解」
前を向いてナビを設定してから車を出す。最初こそ渚と話していた友達が聞いてきた。
「あの、『ヴィクトリア』に新しく入った方ですよね?」
「え? あぁ、うん。そうだけど……」
「私、eスポーツ協力の『GGK』公式大会運営スタッフをしてます、河合佳穂です。会場ですれ違うこともあると思うで、その際はよろしくお願いします」
自己紹介をする佳穂さんに、渚との繋がりも直ぐに理解した。大会のスタッフとなると各チームに詳しいのかもしれない。
俺のことは渚から聞いたのだろう。
「そうなんだ。『ヴィクトリア』のアタッカーを任されてます、佐藤幸真です。よろしくお願いします」
「はい! 佐藤さん、カッコイイですね。その上、実力もあるんだとか。フォローワー数が2万人以上って言うのも納得ですね! 『GGK』始めて1年も経ってないのにすごいです!」
驚いた。 『GGK』を始めてから半年、チームに入ってからは数カ月しか経ってないのに、もう個人的なことも知られてるのか……。
「良く知ってますね」
「『ウィクトリア』は世界大会出場連覇でプロチームの中でもかなり有名ですからね。スタッフの方でも篤人さんの後釜がどんな人か気になっていたんですよ」
「そんな大勢の人に注目されていたなんて、なんだか恥ずかしいな……」
「本大会はまだ先ですけど、全国大会でのご活躍を楽しみにしてます!」
「ありがとうございます。まだまだ実力が備わってないけど、出来る限り頑張ります」
今さっきまでの自分が、どんなに軽い気持ちでいたのかが会話で知れた。
練習試合の相手である『IFT』の人たちと話している時はそんなに質問攻めに合っていたわけじゃなかったから、俺は目立ってないと思っていた。
けれど、もともと『GGK』をしていて、チーム配信から見ている人たちからすると、世界大会連続出場チームの後釜に選ばれた選手として俺は、業界内部ではかなり有名で、注目されているらしい。
佳穂さんの言葉から感じていなかったプッシャーが今更になって襲ってきた。
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