第19話
高速道路を滑らせていると、ルームミラーに渚の横顔が写った。窓の外を眺めているのか、前を向こうとしない。
2時間近く走らせると、一度休憩するために予定していたパーキングエリアに停めた。
「珈琲飲ませて」
「ご勝手にどうぞ」
「はいよ」
相変わらずの塩対応だ。
溜め息をつきながら、トイレを済ませて購買で珈琲とライム&ミントのタブレット菓子を買う。
休憩を挟むと1時間走ったインターを降り、ナビゲーターの案内を見ながら会場となるコンサートホールを目指した。
建物の全貌が見えて来ると、渚が持っていた鞄に付いている缶バッジと同じ絵のキーホルダーを付けている人達が一方行を目指して歩くのが多く見られた。
どうやら『ユーカス』は女性が多いが、男性がいないわけではないみたいだ。
赤信号で車を止めた時にミラー越しにチラリと渚を見ると楽しそうにしていた。
「コンサートは何時から何時までなんだ?」
「……16時から18時」
「なら、迎えは18時半くらいで良いか?」
「出来れば19時が良い」
ねだるような前置きに俺は自分の鼓動が一つ大きく脈打つのを感じた。
「分かった。駐車場に停めた方が良いか?」
「……もう少し先にコンビニあるからそこで降ろして」
「ん、了解」
何回か来ているのか、土地勘があるようで渚が言った通り、しばらくするとコンビニが見えて来た。
渚を降ろす時にボソリと「ありがと」と粒やかれた気がして後ろを振り向くと、これから公演するコンサートが待ち遠しいのか、興奮から微笑んだ表情で「じゃ!」と片手を軽く上げた渚は楽しそうだった。
今まで向けられたことのない笑顔を不意に見せられて、俺は思わず見惚れてしまった。
渚の背中を見ながら二つの感情が渦を巻いて胸中を荒らしている。
笑った渚は想像以上に可愛かった。
軽く手を上げた仕草も、ふわりと揺らいだスカートの裾も、意識せずとも目に焼き付いてしまい、息が詰まって顔が熱くなる。
これは、ヤバイ……。
そう思った頃にはもう遅いのだろう。
あんな塩対応で、蔑んだ目を向ける渚に対してこんな想いを抱くとは自分でも予想外だ。
チームメイトになりたいと思っても、恋人関係にまで発展したいとは思わなかった。
それに、こんな気持ちは中学生の時に芽生えるもののはずだ。今更なんで……。
いや、分かってる。俺は学生の頃も、渚の笑った顔を見たことがない。
都合良く言い訳するなら、もしかしたら俺は笑顔を見たかったのかもしれない。
本当に過去の自分を殴りたい。どうして渚に……、弱い人に対して間違ったやり方でしか恰好良く出来なかったんだろう。
同僚と元カノの件で、
もう既に自分で振り向かせる機会を壊してしるくせにと思うけれど、今になって気持ちに気付くなんて最悪だ。
「……ごめん……」
ひしひしと身体で感じる。
笑えたはずの、渚の笑顔を俺は中学生の時に奪っていたんだと、罪悪感で押し潰されそうだ。
どんな理由でいじめてしまったのか、当時の気持ちなんて実際の所うろ覚えでしかない。
それでも……、言い訳にしかならないけれど、いじめるつもりはなかった。いじめてるつもりはなかったんだ。
記憶の中にある渚はいつも笑ってなかったから。もしかしたら、俺が知らないだけで、誰かと笑ってかもしれないけれど、そんなの気にすることもなくて。
笑わないこと揶揄った。それが多分、切っ掛けなのだろう。
「笑わせたい」と言う単純な気持ちが、どうして攻撃的に変わってしまったのか、渚が学校に来なくなって気付いた時には既に“いじめ”になっていた。
「あの時の俺は、何をやってたんだよ……」
どうして追い詰めてしまったんだろう。
前の会社で同僚と元カノの裏切りにあってから、やっと相手の心の痛みを知った──。
「自業自得だと思われても当然だよな……」
これは事実、因果応報なのだろう。
渚の周りが良い人で、今の俺にも優しくしてくれるからこうしてメンバー入りが出来たが、罪を問われれば俺は此処にはいられなかった。
だから、渚の居場所を奪うつもりはない。そうならないように言動に気をつけて、今度こそ渚をちゃんと守りたい。
✽ ✽ ✽
会場から離れてショッピングモールに着くと、当てもなく歩いた。
途中気になった服屋によると店内を一周してから、また彷徨うようにモール内を歩き出した。
2階に上がると映画館があって、興味があった物語の公演時間を見てみると、17時30分頃に終わる時間帯があって、丁度良いからと見ることにした。
チケットを買って、近くの店内を物色しながら入れるまでの時間を潰した。
映画を見終わってからはカフェで暇潰しをしていると、終演時間から逆算して会場から離れた臨時駐輪場に車を停めた。
渚からの連絡を待っていると、ぞろぞろと集団が駐車場に現れた頃にやっと返信が来た。
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