第18話
呆れ混じりに渚の様子を傍観していた俺と違って、結弦さんと中務さんの表情には安堵が含まれていた。
渚はもともと引き篭もりだ。冗談には感じられないのかもしれない。
「場所は?」
渚の手に握られたチケットを結弦さんが見ると、渚の瞳からポロリと涙が一滴零れた。
「ゆずるぅ……」
「──あぁ、結構離れてるね。でも、どうしよっか……。僕もこのあと予定があって……」
「結弦、車出せない!?」
「ごめんね、どうしても今日しか予定が合わないから……」
声を小さくして渚の頭を撫でる結弦さんは、今日実家に帰郷することになっていて渚を送るのが無理だ。
そして、悠斗さんと篤人さんは早朝から既に出払っている。
「困りましたね。わたしはスポンサーとの会議がありますし……」
車が出せる人が誰もいないことに渚は肩を落とした。クシャリと紙が握り締められた乾いた音が微かに聴こえて、俺は何か言いたくなった。けれど、言葉に出来ずに喉に突っ掛る。
何も言えなくて、泣くのを堪える渚に何を何て伝えれば良いのか分からなくて、口をぎゅっと結んで掌を握り締めた。
俺に何が……。
するとこの部屋にもう一人、車を持っている人物がいることに気づいた結弦さんが俺を見つめて「あ」と呟く。
「幸真は予定ある? 悪いけど、お願い出来ないかな?」
そう聞かれたのは俺なのに、直ぐに反応して声を上げたのは渚だった。
「え……!?」
さっきまで浮かべていた絶望的な表情とは違う、嫌悪感も混ざった色に変わり、気まずそうな表情でチラリと振り返る。
けれど視線は直ぐに逸らされて、背中を向けられた。
多分……、いや、俺の名前が上がるのは想定外だったのだろう。
向けられた視線からは侮蔑が含まれていた。
やっぱり数カ月経っても、渚は俺と二人きりの時間を作りたくないらしい。
学生の頃に付けた傷はそう簡単に癒えるものではないと分かっていても、思う所がないわけじゃない。
……いや、酷いことをしたのは俺なんだから、このくらいで音を上げるのは可笑しいよな。
「渚、急いでるんでしょ。今日はもう幸真以外に運転出来る人がいないし、予定がないなら行って貰えば良い。どうかな?」
「俺は別に特別な用はないので大丈夫ですけど……」
チラリと渚を見ると、潤んだ瞳で睨みつける渚と瞳と目が合った。
もしかしたら俺に貸しをつくるのが嫌なのかもしれない。
別に何処かに送り迎えをしたからって貸し借りにしたいつもりはないが、信頼関係も築けてないのに伝えても信じないだろう。
「渚、人に頼む態度はそれで合ってるの?」
「……だって…………」
「困ってるんでしょ。コンサート行きたいなら我慢してちゃんとお願いしなさい」
「うっ……!」
渚が蔑んだめで俺を見る。どうしても受け入れられないらしい。
それからしばらく険しい顔で黙って葛藤する姿に気まずさを感じた。渚の前から逃げたくなる。
ぐっと胸に溜まる靄を吐き出したいのを我慢して返事を待っていると、コンサートに行きたい思いが強いのか、渚はチケットを握った手を震わせながら顔を上げた。
覚悟を決めた顔つきで、俺を優しいブラウン色の瞳に映す。
「分かった……。アンタにお願いする。……会場まで連れて行って」
「──良いよ、送って行く」
「……支度してくる」
「あぁ。渚、俺はこれを貸しとかそう言うことにはしないから」
「…………」
渚は何も言わかった。けれど、気のせいだろうか……、微かにコクリと首を降ったように見えた。
自室に戻る渚の後ろを見ていると、結弦さんがふっと笑った。
「ありがとう、幸真」
「いえ」
渚が心を開いてくれるなら、力になりたい。
今度は傷つけるんじゃなくて、本当の紳士に、優しくありたい。
──今度は間違えたりしない。
渚が来る前に着替えようと俺も部屋に戻ると、結弦さんが色々教えてくれた。
「今日の会場なら近くにショピンモールあるし、映画館も入ってるから、終わるまでのんびりしてる良いよ。渚を待たせることになっても、夜遅くまでやってるカフェレストランもあるから、平気だと思うよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ううん。渚のことよろしくね」
するとしばらくして渚がリビングにやって来た。どうやらアニメ関連のコンサートらしく、缶バッジが沢山着いた斜め掛けバックを大事そうに抱えていた。
そして楽しみにしていることが隠し切れずに口元はニヤついている。
結弦さんと中務さんが先に出掛けるのを見送り、二人きりの時間は少し気まずかった。
コンサートは夕方で、此処から会場までの移動には3時間は掛かる。
休み休み行くことに決めて、俺たちは少し早くに出発した。
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